第三章 パラキルススドライの怪人

第12話 絶対的能力実験

 その影は乾ききった地面を踏みしめて、広大な土地に吹き荒れる砂嵐を駆け抜けた。

 

 三日月が輝く夜、街で一番大きい宝石店でガラスのドアが文字通り砕け、警報音が誰もいない店内で響く。

 

 真っ白な笑顔の仮面で顔を隠す黒いローブで身を覆う男は、床に散らばるガラスの破片を踏みつけ、ショーケースの前に立つ。

 その男は両手を前に伸ばし、小さく数回上下させる。すると、銃弾でさえも貫かないショーケースが簡単に壊された。


 同じようにして、店内全てのショーケースを壊していく。その間に、警報音を聞きつけた警察官たちが男の周りを囲んだ。


「パラキルススドライの怪人。お前は包囲されている。逃げ場はない!」

 一人の警察官が拡声器を手に持ち、犯人に呼びかけた。だが、犯人は仮面の下で笑う。

 

 一方で、怪人を囲んだ警察官たちは錬金術で怪人を逮捕するため、槌を振り下ろそうとする。だが、その槌は怪人の手刀によってあっさり切断される。


「なるほど。槌も切断できるのか。素晴らしい能力だ。最後に証明しようか? この能力に不可能がないのかぁ」


 怪人は白い歯を見せ、警察官たちに右手の甲を見せる。そこにはハッキリとEMETHという文字が刻み込まれていた。

 ガラスが散らばる宝石店には、血塗れで倒れる二十名の警察官。


 彼らを残し現場から立ち去ろうとする怪人は、視界の端に別の影を捕え、白い歯を見せ笑う。

「早く出てこい」と大声を出す殺人鬼の目の前に、純白のローブに身を纏う大柄な人物が姿を晒す。

 二メートル以上ある巨体の右肩には、黒猫が乗っていた。


「あなたが三日前からこの街を騒がしてる悪党だね?」

「ああ。そうだ」と短く答えた怪人に対し、女は右手を差し出した。

 

「私たちの仲間にならない?」

 その女の問いかけに、一瞬呆気に取られた怪人は、苦笑いしてしまう。

「愚問だな。俺は自分の能力の可能性を確かめたいだけだ。改心して、正義の味方になれなんて、クソくらえだな」

「あなたは、二つの勘違いをしているよ。まず、私たちは怪人を倒しにきた正義の味方なんかじゃないってこと。もう一つは、ただの人間ではないということ」


 女は白いローブを脱ぎ捨て、鍛え上げられた筋肉質な体つきとはミスマッチな水色のノースリーブ姿を晒す。山のように盛り上がった女の左前腕には、怪人と同じEMETHという文字が刻み込まれている。

 茶髪のショートヘアの若い女の姿を見て、怪人は腕を組んだ。


「なるほど。お前も能力者か?」

「私に右肩に乗っている黒猫ちゃんも能力者。尻尾にEMETHという文字が刻み込まれているでしょう? あなたが自分の能力の可能性を試したいのなら、実験に協力してあげてもいいよ。やったことがないよね? 絶対的能力者同士の直接対決」


 その女の言葉を聞き怪人が拍手する。

「面白い。百人目の被害者が絶対的能力者というのも悪くない。だが、二対一というのはアンフェアではないか?」

「大丈夫。この黒猫ちゃんは錬金術が発動した時限定の能力だから」


「それは信じてもいいのか?」

「もちろん」


 怪人と女の対峙。その決着はわずか一秒で決まった。

 瞬きすらできないまま、怪人の仮面がひび割れていく。

 露わになった怪人の右頬からは血液が垂れ始めた。


「何をした!」

 怪人が傷口に手を触れながら女に尋ねる。

「だから言ったでしょう? 絶対的能力を使ったって。どうやら、私の能力とあなたの能力は相性が悪いようだね。相手が黒猫ちゃんだったらあなたが勝っていたでしょうけど……」

「ふざけるな。俺は黒猫一匹しか殺せないということか。俺はお前らと会う前に……」

 怪人の激怒を嘲笑うように、女は自信満々に頬を緩ませる。


「それで勝ったつもり? 私と黒猫ちゃんのペアだったら、それと同じ結果をあなたの三分の一の時間を使って実行できるけどね。それで、仲間になるつもりはあるかな? 私たちの仲間になれば、別の仲間と実験をさせてあげてもいいよ?」

 女の問いかけに怪人は意外な言葉を口にする。

「俺の能力が完璧な物だと証明されたら考える」


「それは断っているのかな? 私に勝てなかった時点で完璧ではないと」

 だが、怪人は首を横に振る。

「違う。なんでも切断できる能力と世界一固い石とされるクラビティメタルストーン。戦ったらどちらが強いのか。それを証明するまでは決断できない。俺が勝てば、能力者ではない一般人を無差別に殺すことができると証明できるからなぁ」

 怪人の残忍な瞳に女は怯まない。

「分かったよ。それなら、その対決を見守っているからね」

 茶髪の女と黒猫は暗闇の中に消えた。



 アルケア八大都市の一つ、パラキルススドライ。

 その街をアルケミナとクルスが訪れたのは、その出来事の翌日だった。


 話は二人が天使の塔を出発した一週間前に遡る。天使の塔に生息している浄化作用がある草花を手に入れた二人はEMETHシステムの解除方法の研究を進めた。だが、それはシステムの解除方法ですらなかった。


「空振りでしたね」

「研究の結果は最後まで予測不能。これは研究の基本」

「これからどうしますか?」

 クルスからの問いに、アルケミナは真顔で答える。

「天使の塔での収穫は草花だけではない。村民たちから興味深い事実を聞いた。突然変異の権威として知られる、ラプラス・ヘア博士がサラマンダーを拠点に研究を開始したらしい。彼と接触すれば、システム解除の手がかりを掴めるかもしれない」

「サラマンダーですか? あそこは結構暑いでしょう。それに結構遠い」


 クルスの不満を聞かないアルケミナは槌を振り下ろし、アルケアの地図を召喚した。

 地図を広げたアルケミナは、現在地を右手の人差し指で差す。

 それから、指でサラマンダーまでの最短距離を辿った。


「ここからサラマンダーまでの道のりで最短なのは、パラキルススドライを経由して、エクトプラズムの洞窟を通り抜けるコース。このコースだと二週間くらいで目的地サラマンダーに到着できる」

 こうなってしまえば、アルケミナを説得する術はない。

 クルスは仕方なく、首を縦に動かした。

「分かりました」


 次の目的地は、アルケア八大都市の一つ、サラマンダー。

 目的は突然変異の権威として知られる、ラプラス・ヘア博士と接触するため。



 ここまでの道のりは長かった。

 二人は足が棒になるまで休むことなく歩いたが、パラキルススドライは目的地への通過点に過ぎない。

 そうして辿りついた街の中で、アルケミナの助手は、疲れ切った顔を彼女に向けて、頭を下げた。


「先生。休みませてください。一日くらい休まないと、無事にサラマンダーへ到着できる保証がありません」

「分かった。私は街へ買い出しに行くから、クルスは休んで良い」


 クルスの要求をアルケミナは素直に受け入れる。だが、アルケミナは休もうとしない。

「買い出しですか? 一緒に休めばいいと思うのですが……」

「サラマンダーはかなり暑い。あそこは水不足で水の価格が高騰している。ここで水や食料を買った方が安い。一緒に休んでも時間の無駄。それにこの街でしか手に入らない物が売っている」


「分かりましたよ。僕も買い物に付き合います」

 クルスは無理に足を動かす。直後、アルケミナは疲労によって固くなったクルスの右太ももを触れた。

「私は一人で大丈夫。クルスはそこのベンチに座って休んでいいから」

 アルケミナはベンチを指さすと、商店が立ち並ぶ方向へ歩いた。


 アルケミナの優しさに触れたクルスがベンチに腰掛けて休んでいると、子供たちが彼の前を通り過ぎていく。


「また出たんだよな? パラキルススドライの怪人」

「強いんだぜ。警察が手も足も出ないんだからな」

 パラキルススドライの怪人。クルスが偶然耳にした存在。その存在がアルケミナたちを襲う脅威になろうとは。この時のクルスは知る術がなかった。



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