第11話 共存

「どこだ?」とブライアンは周囲を見渡しながら、空を飛び回る標的の行方を追った。狩人が誰もいない村の中を走り回ると、甘栗のような匂いが漂い始めた。

 それは、ハントが魔獣臭印の槌で付着させた独特な煙の匂い。

 それを鼻で感じ取ったブライアンが頬を緩める。

「近くにいるな」と呟き、その場に立ち止まって、顔を上げ、周囲を見渡すように首を動かすと、狩人の瞳は標的を捉えた。

「狩りの始まりだ!」

 白い歯を見せ、笑みを浮かべたブライアンは槌を叩いた。


 東に鉄を意味する火星の記号。


 西に融解ゆうかいを意味する蟹座の記号。

 

 南に三角形。北に牡牛座。中央に逆三角形を横棒で二分割した記号。


 その記号で構成された魔法陣の上に弓矢が出現する。


「一撃で殺す!」

 そう呟きながら、狩人は召喚された弓矢を手に取る。

 それから、弓を上空に向け、弦を引っ張ると、鉄製の矢が放たれた。

 一瞬でサーベルキメラの腹部に白い煙が漂う矢が刺さり、標的の顔が激痛に歪む。

 やがて、上空に浮かぶ標的は、地上にあった工場の上に落ちていった。


 その衝撃で土埃が伸びりだし、積み上げられた木の柱がノワールの体を押しつぶしていった。


 この現場に、狩人が現れたのは一分後のことだった。


 ブライアンは、墜落して身動きが取れないサーベルキメラに歩み寄る。そんな彼の耳にサーベルキメラの深い呼吸音が聞こえ、狩人は標的が生きていることを知り、白い歯を見せ笑った。

「これで終わりだ!」


 絶体絶命。鋭く尖った矢の先端がノワールの目に映り、キメラの顔が恐怖に歪む。

 激痛が走り抜ける体は動かず、ただ殺される瞬間を黙ってみることしか今のノワールにはできなかった。

 そんな時、彼の目に二つの影が飛び込んでくる。

 身動きが取れないノワールの前に立ったのは、銀髪の幼女と巨乳の少女。


 一方で、狩るべき標的の前で立ち塞がる女たちの顔をブライアンが、弓矢を構えなたままで、ジッと見つめた。


「なんだ。邪魔をしたお嬢ちゃんか? 俺の相棒はどうした?」

「弱かった。多分あなたも弱い」


 その幼い少女の意外な返答を聞き、ブライアンは激怒する。

「お嬢ちゃん。相棒の仇だ!」

 怒りで身を震わせたブライアンは弓矢から手を離し、赤い蛇柄の槌で地面を叩く。

 

 その魔法陣によって召喚されたのは、炎に覆われた大蛇だった。火炎大蛇かえんだいじゃの槌で召喚された魔獣は、地面を這いながらアルケミナに襲い掛かる。

「先生!」と叫びながら、クルスは咄嗟にアルケミナを突き飛ばし、炎に覆われた大蛇に触れた。

 大やけどを覚悟したクルスだったが、熱さを感じることはなかった。それどころか、いつの間にか大蛇が消えている。

「バカな。何をした?」


 ブライアンの問いかけに対して、クルスに目を丸くした。

 

 彼は絶対的能力を使おうという意思の元、大蛇と対峙した。その際クルスは錬金術を使っていない。

 ということは、これがクルスの絶対的能力ということなのだろうか? 


 思考を巡らせたクルスは、まさかと思い、木の柱に下敷きになっているサーベルキメラに近づき、木の柱に触れてみた。もちろん絶対的能力を使うという意思を持ち。

 すると、サーベルキメラの体を押しつぶそうとしている木の柱が一瞬で消えた。


 もともとそこに、木の柱がなかったかのように……


 錬金術で作られた壁を破壊する。


 錬金術で呼び出された生物を消滅させる。


 そして、サーベルキメラの体を押しつぶそうとした木の柱を消す。


 それらの現象が導き出す答え。それは全てを破壊する能力。

 

「……なるほど。そうだったんですね」


 ようやく導き出された答えに、クルスは納得の表情を浮かべた。

 そんな五大錬金術師の助手とは違い、何が起きているのか全く理解できないブライアンは、首を左右に振り、動こうとしないサーベルキメラに弓矢を向ける。


「クソッ。よく分からないが、この危険な外来種を駆除すれば、お金がもらえるんだ!」

 

 静かな木柱の工場の中で狩人が叫ぶ。それを聞いていたクルスは、真剣な眼差しでブライアンの顔を見つめ、彼の元へ駆け寄った。

 距離を縮め、標的を狙う狩人の手首を掴むと、狩人の弓矢が突如として消え始めた。


「なっ、何をした?」と驚き、目を見開く狩人の腹に巨乳少女が蹴りを入れた。

 その衝撃で、男の体は仰向けに倒れてしまう。


「えっと、先生。これでいいんですよね?」

 危険な人喰い生物を狩ろうとする者を倒したクルスが、首を傾げながら、小さくなった高位錬金術師を見下ろす。

 それに対して、アルケミナは首を縦に振った。

「これでいい。次は回復の槌でノワールを治療する。それが終わったら、みんなに真実を打ち明けてもらう」

 視線を目の前に倒れ、動こうとしないキメラに向けた銀髪幼女の隣で、クルス・ホームは首を傾げた。

「えっと、ノワールさんですか?」

「そう。このサーベルキメラの正体は、システムの不具合でサーベルキメラの姿に変えられた村一番の錬金術師」

 アルケミナは淡々とした口調で助手に説明しながら、ノワールの近くで緑色の槌を叩いた。すると、浮かび上がった魔法陣が緑色に光り、傷口から垂れた血が消え、傷口も少しずつ塞がっていく。

「ありがとうな」

 不意にノワールの声がアルケミナとクルスの頭の中で響き、サーベルキメラは倒れた体を起こし、四足歩行のままで村役場の方へと動き出した。

 そんなキメラの後を、アルケミナたちが同行する。



 村役場の前には、トーマス村長とアニーたちを含む多くの村民たちが集まっていた。

 村民たちは体を震わせながら、サーベルキメラに槌を見せる。

 だが、ノワールは攻撃せず、その場で立ち止まった。


「俺の名前はノワール・ロウ。この村で一番の錬金術師だった男だ。EMETHシステムの影響でサーベルキメラになった。信じなくてもいいが、この村の人々に危害を加えたくない。だから、アニー。俺の使い魔になってくれ」


 村民たち全員の頭にノワールの声が届き、不思議な現象に人々が目を丸くする。

 困惑する表情を見せる人々の中で、アニー・ダウは危険なキメラの前へ足を踏み入れた。

「昨日、あの森に私を呼び出したのは、ノワールだったんだ。気づかなくてごめん。よくわからないけど、それになればいいんでしょ?」

「そうだ。村の安全のためだ。使い魔になったら、主人の言うことを聞くようになる。そうなったら、もしもの時は止められるだろう」

 すると、村長が首を横に振って2人の会話に割って入る。

主従関係しゅじゅうかんけいになれば解決するだと? 簡単に言うが、その術式は高位錬金術師にしか使いこなせないはずだ」


 反対意見が飛び出した次の瞬間、銀髪の幼女が無言でノワールとアニーの前に歩み寄る。その幼女、アルケミナ・エリクシナは両手の人差し指を立て、宙に同時に二種類の魔方針を記す。

 それから、両手の人差し指の上に浮かぶ魔法陣を、アニーとノワールの体に触れさせた。

 いつの間にかアニーの右手首に緑色の腕輪が嵌められていた。ノワールは同じ色の首輪が嵌められている。


 その現象を目の当たりにして、村民たちは唖然とした。

「バカな。一瞬で主従術式しゅじゅうじゅつしきを使っただと!」と一番驚いていた村長の目をアルケミナがジッと見る。

「これで大丈夫」と無表情で伝えた天才錬金術師は、村長たちの元から去っていく。その後ろ姿を助手が追いかけた。

 

 しばらく後、トーマスは、ハッとして村長室に飛び込んだ。

 そうして、番号を入力して、受話器を耳に当てる。

「先日、依頼したトーマスだ。サーベルキメラは駆除する必要がなくなった。だから、依頼をキャンセルしたい。もうこの村には危険な害獣はいないんだ!」

「……了解しました。それでは、またのご利用をお待ちしております」

 淡々としたマニュアル通りな声が耳に届いた後で村長は電話を切った。


 



丁度、そのころ、クルスとアルケミナの二人はシャインビレッジの森林を歩いていた。

「それで、浄化作用がある草花はどうなったのですか?」

 クルスが森林を歩きながら本来の目的を思い出すと、アルケミナは言葉を返す。

「大丈夫。アニーから村に自生する草花を全種類もらったから。後はそれを研究したら何かが分かるかもしれない」

 いつの間にそんなことをしたのか。クルスは分からない。


「いつそんな約束をしたのですか?」

 クルスが疑問を口にすると、アルケミナは簡潔に答えた。

「クルスが筋肉痛で動けなくなったとき」


「これからどうしますか?」

「塔を降りてから研究を進める」

 その言葉にクルスは驚いた。

「この塔を降りるのですか? 先生ならこの森林にテントを張って、研究を進めるのかと思っていました」

「塔を降りないと、次の目的地にたどり着けない。今から塔を降りれば、夕方には地上に降りることができる」


 クルスがため息を吐く。クルスに待ち受けるのは、急な下り坂のような螺旋階段。一億段もある階段を下ることは、階段を昇るよりは楽だろう。過酷な下り階段の先にある地上に降りたのは、夕方のことだった。

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