第7話 村一番の錬金術師の失踪

「ありがとうございます!」

 助けられた黒髪の少女が頭を下げた。そんな彼女の正面に立ったクルスは、紳士的に右手を差し出す。

「困っている人は助けなければなりませんから」と言葉を返すと、少女は差し出された恩人の右手を握った。

 そうして、視線を恩人の巨乳少女に向け、にっこりと微笑む。

「優しいんですね。私の名前はアニー・ダウです。よければお名前を伺えますか?」

「えっと、僕の名前は……」

 

 村一番の美人に対して名前を明かそうとした時、クルスが身に着けていたTシャツの裾をアルケミナが引っ張った。そのことに気が付いた助手は、言葉を飲み込んだ。そして、膝を曲げ、右隣にいる小さな女の子と顔を合わせる。


「先生?」とクルスが首を傾げる間に、アルケミナは助手との距離を詰めた。突然のことにクルスは動揺して目を泳がせた。そんな助手の反応を気にしない五大錬金術師は、助手の耳元で囁いた。

「五大錬金術師の助手の名前を把握している人は多くないから、クルスは本名を明かしても大丈夫」

「はい」と小さく答え、首を縦に振ると、直立した体勢になり、視線を目の前にいる村一番の美人に向けた。


「クルス・ホームです」

 一方で、目の前で繰り広げられた恩人たちのやり取りを見ていたアニーは目を丸くして、疑問を口にした。


「クルスさん。ところであなたの隣にいる小さな女の子は、あなたの妹さんですか? まさか娘ではないでしょう?」

 そんな疑問の声に、クルスは言葉を詰まらせる。

 この場合、どうやって答えればいいのだろうか?

「えっと、この……子は……」

 正解に悩む五大錬金術師の助手が思考を巡らせながら、言葉を紡ごうとする。だが、上手くいかない。そんな時、クルスの右隣にいたアルケミナが一歩を踏み出した。

「初めまして。親戚のルナです」

 適当な偽名を口にしたアルケミナが頭を下げる、すると、アニーは「うーん」と首を捻った。

「そういえば、変です。どうして、クルスさんはルナちゃんを紹介しようとして、言葉を詰まらせたのでしょう?」

 素朴な疑問で追いつめられたと感じたクルスの頬から冷や汗が落ちる。それに対して、相変わらず無表情なアルケミナはジッとアニーの顔を見上げた。

「一週間前に両親が事故死した私を、親戚のクルスが引き取った。小さな私を引き取ってくれる親戚が決まるまで、いろいろとトラブルがあったし、クルスとは昨日初めて会ったから、どうやって紹介すればいいのか分からないんだと思う」

 その場で思いついたウソの話を信じたアニーは、腰を落とし、優しく微笑んだ。


「こんなに小さいのに、苦労したんですね。ところで、クルスさんたちはこの村に何をしに来たのですか?」

「ちょっと訳があって、アルケアを旅することになったので、寄りました。この先、必要になりそうな薬草を直接手に入れたくて」

 クルスの答えを聞き、アニーは首を縦に振る。

「そうですか。それなら、ウチで採取した薬草を分けます。それと、村の宿が決まっていないのなら、私の家に泊まってください。父が村長をしているので、家は大きく、部屋も余っています。先ほどの御礼もしたいですし……」


 幸運だとクルスは思った。これで宿泊費を節約することができる。クルスとアルケミナはアイコンタクトを図り、アニーの申し出を受け入れた。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、泊まらせていただきます」

 右隣の助手と同時に、アルケミナも頭を下げた。



 丸太を組み合わして建てられた家が並ぶ住宅街を恩人たちと共に抜けたアニーは、青い屋根の家の前で立ち止まった。

「ここです」と恩人たちに声をかけてから、この家の住民の娘が木目調のドアノブを握ろうとする。

 その瞬間、ドアが開き、白い口髭を生やした小太りの男が姿を見せた。

 黒いスーツに身を包み、紺色のネクタイをキッチリと閉めた見た目の男は、対面したアニーを前にして首を捻る。


「アニー。その二人は誰だ?」

「お父さん。彼女達は命の恩人のクルスさんとルナちゃんです。キメラに襲われたところをこの二人が助けてくれたのですよ」

「キメラだと!」

 娘の口から飛び出した言葉を耳にして、父親は目を大きく見開いた。それと同時に娘の肩を強く掴む。

「もしかして一人で森に行ったのか? あそこには凶暴な外来種の怪物が潜伏しているんだ。なんでそんな危ないことをした?」

 真剣に娘を心配する父親に対して、娘は頭を下げた。

「お父さん。ごめんなさい。どこかからノワールの声が聞こえてきたんです。森の小池の傍にいるから来てくれって。その声に従って行ってみたら、そこにあのサーベルキメラがいて……」

 娘の話から状況を知った父親は、腕を組みながら娘の近くに立つ二人の顔をジッと見る。

「なるほど。それでサーベルキメラに襲われそうになって、必死に村へ逃げたところを、そこの二人に助けてもらったということか? その二人には父親として感謝したい。会議が終わったら、御礼をさせてもらうよ」

「はい。クルスさんたちは旅をしているみたいなので、御礼を兼ねて一晩泊めようかと考えています。いいですか?」

 

 アニーの提案を拒まない父親が首を縦に振る。

「分かった。一晩くらいなら泊めても構わない。兎に角、これからノワール君の失踪についての会議をやるから、しっかりともてなしなさい」

 この男、トーマス・ダウ村長の言葉を聞き、アニーは顔を曇らせる。

「……そう」

 アニーは言葉を飲み込み、父親を見送った。


 玄関のドアが閉まると、アルケミナはアニーの顔を見つめる。その顔は暗くなっていて、瞳に涙が浮かぶ。

 すると、小さな女の子に見つめられていることに気が付いたアニーは、ハッとして、玄関で靴を脱いだ。それに続けてアルケミナとクルスも靴を脱ぎ、真っすぐ続く廊下を歩くアニーの後ろを追いかけた。


 そんな時、アルケミナがアニーに疑問を投げかける。


「アニー。ノワール君って誰?」

 図々しいような問いかけを耳にしたクルスが右隣のアルケミナの顔を見る。

 その一方でアニーは小さな女の子の前で腰を落とし、視線を合わせた。


「ノワール・ロウは私の婚約者。村で一番の錬金術師で多くの人々を救ってきたけど、二日前に姿を消したの。いつものように森へ薬草を積みに出かけたら、突然いなくなって、森の中で捜索をしていた村の男たちが、いつもの小池の畔でボロボロになった彼の衣服を見つけたそうです」


「心配ですね」


 アルケミナの隣で話を聞いていたクルスが悲しげな表情のアニーに優しい言葉を投げかけた。


「はい。私は彼がいなくなって寂しいです。村にとって彼は生命線で、彼がいないと、侵略者の襲撃に対抗できないからって、村のみんなは安全を守るために必死になっています」


 本音を口にしたアニーの瞳から涙が落ちる。そんな顔と対面したアルケミナは質問を続けた。

「もしかして、ノワールはEMETHシステムの被験者?」

「そうです。私にだけ教えてくれました。みんなには、絶対的能力を手に入れてから告白するつもりだったようです」

「最後にノワールの目撃証言があったのはいつ?」

「二日前って言いましたよね? 漆黒の幻想曲が発生した」

 アニーがぶっきらぼうに答えると、アルケミナはアニーとの距離を詰め、追及した。

「正確に。二日前のいつ?」

「昼頃、ノワールが一人で薬草を積みに森に出かけたのをお父さんが見ていました。あの時、私が流行り病で寝込んでいなかったらって思うと、涙が出ます。なんでいつもと同じように、ノワールと一緒に薬草を積みに行かなかったんだって……」


 その証言を聞き、アルケミナの頭の中で全てが繋がった。

 一方で、クルスはアルケミナがノワールという男について根掘り葉掘り聞く理由が理解できなかった。



 アニーに案内された部屋は二階にある小部屋だった。

 いくつもの木の柱を組み合わせて出来上がった板が四方を覆い、部屋の右端には壁に沿うように、シングルベッドが一つだけ置かれている。

 反対側に視線を向けると、茶色い木で作られた長方形の机と丸い椅子が置いてあり、壁には茶色い針が時間を指す壁時計がかけられていた。

 その部屋の机の上に、荷物を置いた瞬間、クルスの体に激痛が走った。

 全身を駆け抜ける痛みにより、巨乳少女は歯を食いしばる。

 

 その様子を近くで見ていたアルケミナが周囲を見渡す。ドアは閉まられ、中には自分とクルスしかいない。そのことを把握したアルケミナは、壁時計を見上げた。

「計算より副作用の発作が一時間遅い。とりあえず、アニーの家の中で発作が起きて良かった」

 冷静な幼女の声を耳にしたクルスは、痛みに耐えながら、近くにいる小さな銀髪の幼女の顔を見た。


「先生、そんなこと言っている場合じゃ……」

 声を出し切る前に、巨乳少女の体は、シングルベッドの上に倒れ込んだ。

 うつ伏せの状態になり、ふわふわな布団の中に体を埋め、両手は強く握られる。

 そんな状態のままで動けない助手に、アルケミナは背を向けた。


「クルス。個体差はあるが、その状態で六時間程度体を休めていたら、痛みが和らいていく。その間に私は村の中を散歩してくる」

「えっと、先生」と呟きながら、首をドアの方へ向けた五大錬金術師の助手は、心配の声を口にした。


「あっ、危ない……です。まだ……サーベル……キメラが……」

 痛みが全身に響き、途切れ途切れになる声を耳にすると、アルケミナは背後を振り返りながら、ベッドの上で寝転ぶ助手に視線を向けた。


「そのサーベルキメラに用がある」

そう淡々と要件を伝えると、彼女は部屋から退室し、廊下を歩き始めた。

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