第2話 あの日、十万人の対象者の体は光に包まれた。

 記者会見は、フェジアール機関ノーム支部の研究ビル四階の大会議室で行われる。楽屋は同じフロアの待合室。四畳ほどの空間に木製の机、床に畳が敷き詰められた簡易的な物。その部屋でアルケミナは会見の原稿に目を通す。


「説明が分かりにくいですか? その原稿を書いたのは僕なのですが」

 クルスが心配そうにアルケミナへ問うと、彼女は首を横に振った。

「大丈夫。このレベルは学校でも習う一般常識だから。ただ、質疑応答の時間を考えると、もう少し短い方がいいと思う。この量だと間に合わない。だから、会見では原稿に書かれた内容を一部省略する」

 アルケミナの率直な意見に、クルスは賛同する。

「それがいいですね」

 クルスが明るく受け答えすると、彼女は右指の中指を上に向ける。

「それと原稿が敬語なのが気になる。前にも言ったが自分を偽ることは非合理的なこと。よって敬語は止める」


 それから一時間後、会見場に向かうアルケミナを見送った後で、彼女の助手はテレビを付けた。報道特別番組というテロップが右端に表示された画面の中で、金髪の少年は明るく笑いながら、インタビューに答える。


「どんな能力が使えるのか分からないけど、明日になったら学校のみんなに自慢したいです!」

 

 画面が切り替わり、黒いスーツ姿のアナウンサーが真剣な顔つきで正面を向く。

「番組の途中ですが、フェジアール機関の会見が始まるようです。中継をご覧ください」


 テレビ画面に映り込んだ会見場には、多くのマスコミ関係者が集まっていた。そして、右奥のドアが開き、五大錬金術師の一人が顔を出す。それに合わせて、マスコミ関係者は一斉にカメラを押した。

 会見場に響き渡る音が一分程で鳴りやみ、彼女は早速記者会見の原稿を読み上げた。


「私はアルケミナ・エリクシナ。五大錬金術師の一人。早速だが、一時間後に行われるEMETHエメトプロジェクトについての会見を行う。このプロジェクトの目的は、伸び代がなくなっている錬金術に代わる、新たな技術や理論を発掘すること。このプロジェクトによって人類は、新たなる領域に進化することができる。すなわち、このプロジェクトによって人類は、絶対的な能力を手に入れることができる。そのためにフェジアール機関は三年前からアルケア政府と協力してシステムの開発を行ってきた」


 アルケミナは一呼吸置き、原稿のページをめくる。

「次に、プロジェクトに参加する対象者について。我々フェジアール機関は、全世界で十万人の対象者を選出した。その中には、五大錬金術師とその助手。さらに、アルケア政府関係者も含まれている。対象者の約九割。正確には九万九千九百人は一般人。その対象者は、様々な種族や年齢、性別、居住地域をデータ化して、満遍なく選出した」


 アルケミナは、白衣のポケットからお守りを取り出す。白色のお守り。縦十センチ。横四センチの小さなお守りの中には、小型のチップが埋め込まれていた。

「十万人の対象者に、このお守りを送付した。対象者はこのお守りを携帯する。そして、一時間後に五大錬金術師が儀式を行い、十万人の対象者に対して、絶対的な能力を与える。全世界一斉に、対象者は絶対的な能力を得ることができる。我々が行う儀式はヒュペリオンの召喚。五大錬金術師はアルケアに五カ所存在する導かれし座標に分かれ、聖巨人召喚術式せいきょじんしょうかんじゅつしきを用い、ヒュペリオンを召喚する。ヒュペリオンが召喚できるのは、漆黒しっこく幻想曲げんそうきょくが発生する時間帯のみ」


 アルケミナはさらに原稿のページをめくる。

「尚、儀式終了直後から、十万人の対象者の体のどこかに、EMETHという文字が刻まれる。これは絶対的な能力を与えられた証。その証は、手の甲や瞳など体のどこかに一カ所刻み込まれる。また、アルケア政府と話し合った結果、三年を目途にアルケア国民全員に絶対的能力を与える方針になっている」


 原稿を閉じると、マイクを持ちマスコミ関係者に呼び掛けた。

「ここから、質疑応答を始める。質問があれば、挙手してほしい」

 すると、一人の新聞記者が手を上げた。

「すみません。ヒュペリオンを召喚することは可能なのでしょうか?」

 新聞記者からの質問に、アルケミナは緊張することなく淡々と答える。

「大丈夫。ヒュペリオン召喚を行うためには、五人の天才錬金術師が必要。その資格が五大錬金術師にはある。ただし、練習なしの一発勝負となるが」


 次にテレビニュースのアナウンサーが手を上げた。

「ヒュペリオンを使って、どのように十万人の対象者に絶対的な能力を与えるのでしょうか?」

「それは秘密。この方法を説明すれば、悪用される恐れがある」


 十分に及ぶ記者会見が終了し、アルケミナは会見場を退室した。これからアルケミナはクルスと共に、導かれし座標に移動する。

 アルケミナはクルスの隣を歩き、座標へと向かう。彼女は花柄の腕時計を見ながら、クルスに尋ねた。

「五分後に漆黒の幻想曲が発生。儀式が始まるのは、発生から五分後。つまり、十分以内にあの座標が示す場所にいないと、ヒュペリオン召喚の儀式ができない」

「大丈夫です。五分もあれば、到着します。それと、記者会見を拝見させていただきました。期待通りの会見でした」

「褒めているの?」

 アルケミナが無表情でクルスに聞き返すと、彼は首を縦に振った。

「はい‼ 五大錬金術師としての自覚は必要なかった。つまり僕の考えは間違っていたということです」


 二人が会話を続けていると、空が突然暗くなった。一年に一度訪れる幻想的な現象を見るために、多くの民は空を見上げていた。

 空が暗闇に包まれてから、一分後、空を巨大な満月が出現する。

「始まりましたね。全世界が暗闇に覆われる現象。漆黒の幻想曲」

 クルスが名も知らぬ民たちと共に空を見上げた。その後で彼は、ズボンのポケットから白色のお守りを取り出し、眺めてみた。

 一方アルケミナは周囲を見渡しながら、時計で時間を確認する。

「残り五分。座標はどこ?」

「もうすぐです。あの階段を昇った先」

 クルスは目の前にそびえ立つ神殿を指さす。


 ノーム神殿は石で構成された神殿。五十段もある石の階段の先に、四本の石の柱で支えられた神殿。高さ約四十メートルの小さな神殿だが、ノームで一番古い建築物だ。

 神殿の階段の先にあるのは神の石像が飾られているだけの空間。

 そこにアルケミナとクルスが到着したのは、儀式が始まる三分前だった。


 そして、アルケミナは神殿の中央に立つ。巨大な満月の光で彼女の体が照らされた。その中で彼女は儀式の準備を始める。とは言っても、床に黄金の槌と五分割された黄金の槌の部品を置くだけだが。

「クルス。カウントダウンをお願い」

「はい!」

 クルスは腕時計を、ポケットから取り出しながら、返事する。


「先生。一分前です」

 ヒュペリオン召喚の儀式が開始されるまで残り一分、アルケミナがクルスのカウントダウンを聞き小さく頷く。その後で、彼女は目を瞑り、両手を合わせ、顔を巨大な満月に向けた。それから四十秒間、巨大な満月に向かい祈り続ける。


「二十秒前」

 次にアルケミナは床に置かれた黄金の槌を持ち上げた。


「十秒前」

 五大錬金術師は神殿の天井に向かいジャンプする。


「五秒前」

 ジャンプした反動を活かし、神殿の床に対して槌を振り下ろす。


 同日同時刻。残りの五大錬金術師たちも、アルケミナと同じようにして槌を振り下ろした。


 その瞬間、アルケア国内の五カ所の座標に円で覆われた巨大な記号が刻まれる。アルケミナたちがいる神殿には、土を意味する逆三角形を横棒で二分割した記号。

 その記号が発している光は天まで届く。

 記号の出現と共に、五大錬金術師たちは、一斉に呪文を口にする。

「ヒュペリオン。世界に新たなる力を与えよ」

 その呪文に反応するように、アルケアの中央に位置する巨大神殿に、巨人が召喚された。


 その巨人の名前はヒュペリオン。世界最大級な大きさを誇る巨人。高みを目指す者という異名のように、身長は天に届くほど。

 その体は黒いローブで覆われている。

 巨人が召喚されると、五大錬金術師たちは、円で覆われた記号の中央に全知全能の大槌のパーツを置く。


 そして、彼らは一斉に同じ呪文を呟く。

「ヒュペリオン。全知全能の大槌の力を使い世界に絶対的な力を与えたまえ」

 魔方陣の中央に置かれた大槌のパーツは、ヒュペリオンがいる巨大神殿まで転送される。


 大槌のパーツが一瞬にして組み合わされ、巨人がその大槌を手にする。そして、ヒュペリオンは大槌を地面に振り下ろした。


 神殿の地面に亀裂が生まれ、巨大な魔方陣が出現した。


 東に土を意味する逆三角形を横棒で二分割した記号。

 

 北に火を意味する上向きの三角形。

 

 西に水を意味する下向きの三角形。

 

 南に空気を意味する下向きの逆三角形を横棒で二分割した記号。


 魔法陣の中心は空白。記号は記されていない。それが意味するのは、神の世界を構成する元素、エーテル。


 それら五つの記号が結ばれ、一つの魔法陣が構成された。その魔法陣の規模は、全ての世界を覆う程大きな物。

 ヒュペリオンがその魔法陣を巨大な槌で叩いた瞬間、十万人の対象者の体は光に包まれた。


 そのシステムは、世界にとって革命的なものになるはずだった。


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