それは絶対的能力の代償
山本正純
第一章 EMETH
第1話 世界を進化させる日
そのシステムは、世界にとって革命的なものになるはずだった。
百の都市と千の町と万の村で構成される世界最大級の超巨大国家『アルケア』
錬金術で財を成したこの国は、あの日、十万の民に新たな力を与えようとした。
それに欠如があると知らずに。
広大な土地に密集する、おびただしい数の摩天楼の下で、多くの人々は生活している。
その一室にあるシングルベッドの上で白銀の長髪の女性が寝返りを打つ。その後ろ髪は腰の高さまで伸びていて、サラサラとしていた。
仰向けになった女性は、うっすらと切れ長の青い瞳を開け、ベッドから起き上がる。
世のすべての男性が視線を胸元に移しそうな程、大きな胸にスレンダーな体型の高位錬金術師、アルケミナ・エリクシナは無表情で大きく欠伸した。
そのあとで彼女は、水色の長袖シャツに白色のショートパンツという服装の上から白衣に袖を通す。
すると、研究室の引き戸が開き、少年が顔を出した。
黒く短い清潔感のある髪に、少し健康そうな小麦色の肌。
身長はアルケミナより数十センチ低いその青年はスポーティーな服装を着ている。
表情を何一つ変えないアルケミナとは対照的に、元気で底なしの明るさが取り柄の助手、クルス・ホームは、元気に大きな声で挨拶した。
「おはようございます。先生」
すると、アルケミナは再び欠伸をする。
「先生。少しは五大錬金術師としての自覚を持ってください。みっともないですよ」
クルスの呆れた声を聞き、アルケミナは無表情で答える。
「別に構わない。欠伸は自然現象。寝起きで欠伸が出るのは普通の話」
「だから、全世界のファンがこの素顔を知ったら悲しむということです。有名なイラストレーターから、肖像権の申請も来ています。それくらい大ヒットしているんです!
クルスが強い口調で、アルケミナに説得を試みる。だが、その言葉をアルケミナは気にせず反論した。
「営業スマイルは無駄。自分を偽ることは非合理的なこと。あのイラストは美化されたもので、世間が描いた幻想。そうでなければ、ブラフマのイラストが売れるわけがない」
無表情で毒舌を吐く合理主義者の天才錬金術師は、特に気にする素振りも見せず、クルスの前を取り過ぎた。
それでも、クルスは世間のイメージを壊すようなことが許せない。クルスはブラフマのことは目を瞑り、アルケミナと議論を続ける。
「ブラフマさんのイラストが美化されていることは正しいことですが、五大錬金術師は人気なんです! 世界唯一の
「議論は時間の無駄だから、その有名イラストレーターが肖像権の申請をしているという話、許可する」
一応仕事の話は聞いていたのかと、クルスが思っていると、アルケミナは二メートルの大きさを持つ『
研究所の床には、花柄の腕時計が置かれている。その腕時計の針は止まっていて、動こうとしない。
「今日の予定を聞く前に、プライベートの用事を済ませる」
唐突にアルケミナが話し始め、クルスは聞き返した。
「何ですか?」
アルケミナはクールな口調で私用を伝える。
「昨日私の腕時計が壊れた。時計屋に修理に出すのも時間の無駄だから、これで新しい奴を製造する」
アルケミナは創造の槌を、床に置かれた花柄の腕時計に向けて振り下ろした。
それにより、円形の魔方陣が床に出現する。
北に
南に
東には、腕時計の主成分である鉛を意味する土星の記号。
西に鉄を意味する火星の記号。
円の中心には土を意味する逆三角形を横棒で二分割した記号。
それら五つの記号で構成された魔法陣の上に、壊れた腕時計が置いてあった。
槌が地面に触れた瞬間、腕時計が光に包まれる。その光が消えると、床には水玉模様の腕時計が出現していた。壊れていたはずの腕時計の針が時間を刻む。
その模様を見届けた後で、クルスは黒色の手帳を取り出し、今日の予定をアルケミナに伝えた。
「いいですか? 六時間後、この研究所に設置された記者会見場で、マスコミに対して政府と共同で行うEMETH《エメト》プロジェクトについて、会見を行っていただきます。それから、一時間後、例の座標に移動して、ヒュペリオンを出現させます。その頃には、ブラフマさんたちも例の座標に待機している予定です」
クルスが説明すると、アルケミナは物静かに呟く。
「……私が記者会見担当」
「不満ですか?」
クルスが聞き返すと、アルケミナは声のトーンを低くして首を横に振る。
「いいえ。研究所から座標までの距離が一番近いこと。以上のことから、私が記者会見を行うということは察していた」
「そうですか」
クルスが納得して手帳を閉じる。それから、彼は研究所に設置された時計に視線を移す。
「先生。これからどうします。記者会見まで時間が余っていますが」
「研究を進める」
即答。その答えは、クルスの予想した物と同じだった。暇さえあれば、研究に没頭する。その研究熱心さは、五大錬金術師で一番ではないかとクルスは思っている。
「分かりました」
クルスが元気に答え、研究所の室内に設置されたロッカーから、白衣を取り出し、それを着る。
「先生。今日はどういった実験をするのですか?」
「極寒の地でも消えない炎。極寒炎上術式」
アルケミナが簡潔に答え、右手に白いチョークを握り、部屋の向いに位置する実験室に移動する。
二人がいた研究室の廊下を、挟んだ先にある部屋。その部屋のドアをクルスが押すと、そこには、広い正方形の空間が広がっていた。その部屋には何もない。黒い壁に覆われた、十畳以上ある広さの空間。床の色も黒い。白いのは天井だけ。
そのためか室内は明るい。
アルケミナは白いチョークを握り、床に大きな円を書く。その大きさは半径二十センチ程。
その次は記号の配置。
円の北側に炎を意味する上向きの三角形。
西側に水を意味する下向きの三角形。
北と西の間に
南に
東に金を意味する太陽の記号。
円の周辺に書き込まれた五種類の記号を、白い線で丸く囲む。
それから、囲まれた五つの円を一本の線で結んでいく。
円の中心に上向きの三角形を書き、その記号も円で囲む。
「クルス。魔方陣が書けたから記憶の槌を持ってきて」
「準備してあります」
クルスはアルケミナの作業の間、研究室に戻り、実験の備品を用意していた。
彼は十センチ程の大きさの純白の槌をアルケミナに手渡す。
アルケミナが床に書き込まれた魔法陣の中心でその槌を叩くと、半径五センチ程度の魔法陣が出現した。その魔法陣の円の中心に、砂時計のような記号が記されている。それ以外の記号は記されていない。
その簡易的な魔法陣は、徐々に大きくなり、最終的には半径二十センチ程の魔法陣と同等の大きさになる。
二つの魔法陣が重なった瞬間、二つの魔法陣が赤く光る。
「……ここで」
魔法陣が赤く光った瞬間、アルケミナが再び手にしている小さな槌で魔法陣を叩く。
すると、床に書かれた魔方陣が消え、白かった槌が赤色に変化した。
「それにしても便利ですね。記憶の槌で魔方陣を叩けば、床に書かれた魔方陣が消えるから、一々魔方陣を消さなくてもいい」
クルスが関心したように呟くとアルケミナは顔を上げる。
「昔は記憶の槌が高級品だったから、一々魔方陣を書いては消しての繰り返しだった。求めている結果が出るまで繰り返し。今の方が短時間で、新しい錬金術を生み出す実験がしやすいから、好きだけど、タイミングを間違えると記録に失敗するのがデメリット」
アルケミナが赤く染まった槌を床に置きながら呟くと、クルスは両手に幾つもの記憶の槌を手にしてアルケミナに見せた。
「まだ記憶の槌の在庫があります。どんどんやりましょう!」
それから、二人は次々と新たなる魔方陣を記憶の槌に記憶させていった。砂漠に草原を出現させるもの。荷物を小型化させ、一度に多くの物品を運ばせるもの。
合計二十個以上の新たなる錬金術を新たに生み出した頃には、記者会見開始一時間前となっていた。その間二人は食事を摂っていない。そのことを忘れる程、二人は錬金術の研究に没頭している。
五時間で二十種類以上の錬金術を新たに生み出すといった研究ができるのは、フェジアール機関の研究員など極少数に限られる。
普通の研究員は、五時間で五個の錬金術を新たに生み出すだけで精一杯。それほどフェジアール機関の研究員は優秀だ。
これまで五大錬金術師が生み出した錬金術に失敗作はない。そのため、五大錬金術師が制作した錬金術は絶対的な信頼があった。あの瞬間までは。
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