第3話 あなたは私と契約しますか?
目が覚めるとそこには見知らぬ天井があった。寝ぼけた頭で昨日のことを思い出す。そういえば、おばあさんの家に泊まることになって横になったらそのまま眠ってしまった。久々にぐっすり眠れた気がする。
「おばあさん、起きてるかな」
今更ながら昨日のことを聞きたかった。あの言葉が本当なら今日しかない。
まだ家の構造がよく理解できていないまま、手当たり部屋を開ける。最後の最後まで外れをひいて、残るは後一部屋となった。ここにいないなら、庭とかにいるのかなと思った矢先に部屋の中で声が聞こえた。
「……たま……か……う」
小さくてよく聞き取れないけど、それは少女の声だとわかった。
「……で…………く……しゅ……う」
他の声も聞こえないから、独り言なのだろうか。そして、意を決してふすまを開ける。
「おはよう」
「………………おはよう」
朝日が差しこむその部屋に黒いローブ姿の少女と安らかな表情をして寝ているおばあさんがいた。その光景を見て、嫌な予感がした。
「おばあさんは――」
「もう、死んだ」
頭が真っ白になった。死んだ? 今? 僕が寝ている間に死んだのか? それとも二人を探している間に?
「なあ、おばあさんはいつ」
「ついさっき」
そうか、これは夢か。まだ僕は夢の世界にいるんだ。おばあさんが変なことを言うからこうして夢で見てしまったんだ。きっとそうだ、そうに違いない。
「朝ごはんの用意してくる」
この部屋を出ていこうとするところを僕は咄嗟に少女の腕を掴んだ。なぜ、こんなことをしたのか自分でもわからない。
「どうしたの」
「君は…………いや、なんでもない」
少女は不思議そうに首を傾げ、腕を離すとそのまま行ってしまった。おばあさんが死んだのに、少女は悲しそうな顔をしてなかった。いつも通りの無表情だった。けど、少女の頬には一筋の光があったように見えた。
食卓には昨日の夕飯で余った味噌汁と白いご飯、漬物に味付け海苔が並んでいた。
「「いただきます」」
一言も話さずにご飯を食べるが、箸が進まない。少女は何事もなかったかのように黙々と食べていた。結局、僕はほとんど残し、少女は完食した。
「……これ」
少女から手渡された一通の手紙。そこには『優様へ』と書かれていた。
「前契約者から頼まれた」
聞き覚えのない言葉で変換するのに時間がかかった。前契約者? もしかしておばあさんのことだろうか。
「話したいことがある。とりあえずここを早く出ないと」
「ここじゃ駄目なのか?」
「前契約者の知り合いが来る。あなたが見つかるといろいろ面倒なことになる」
「……わかった」
お礼を伝えることもできないまま、少女と一緒に居心地の良かった家から逃げるように出ていった。
場所は少女と初めて会った屋上にきていた。目の前に立つそれは取ってつけたかのような完璧な笑顔をして、明らかに僕の知る少女じゃなかった。
「改めまして、私は死神です」
話し方も完全に別人だった。違和感が気持ち悪いほどまとわりつく。
「あなたは残り十一日で死にます。そういう運命になっています。肉体が死んだとき、外に出る魂を回収するのが私の仕事です。それともう一つ、別の仕事があります。契約すれば、残り少ない余生を精一杯サポートします。その他にも三つの特典がついてきます。それから――」
少女から『契約』についての説明を受けていた。けど、あまりにも現実離れをしていて頭が聞くことを拒否している。
「――一つ目、契約期間内の途中で死ぬことはなくなります。二つ目、好きな死に方を選べます。三つ目、担当者を契約期間内であれば、規則に反することでない限り従わせることが出来ます。以上、契約についての説明を終了します。何か質問はございませんか?」
「……契約を拒否した場合は?」
「デメリットはございません。ただ、注意事項がございます」
「注意事項?」
「はい。それは昔と違い、こちらでは四十九日制度が廃止となり、死後の魂はすぐに回収されます」
四十九日は聞いたことがあるが、あれは制度だったのか。
「つまり、幽霊にはなれないってこと?」
「簡単に言えば、そうなりますね。他にございますか?」
「……大丈夫」
「明日以降から契約可能です。日が変わる頃に伺いますので、よく考えておいてください。それでは、またあとで」
そして、死神はどこかへ消えてしまった。
死神と別れた後、気づけば家に帰ってきていた。自分のベットに寝っ転がりながら契約について思い出していた。契約してもいい気がするけど、どうにも引っかかる。契約は死神側に利点がないように思える。会えた時に質問すればいいか。
「自殺しようしたら、死ぬのは待ってと言われて。おばあさんの家に連れてこられて泊めさせてもらって、次の日には死んで。それで今度は契約を求められて……」
ここ数日でいろいろあった。ありすぎた。死のうとしたら先延ばしにされて、話を聞けたと思えば、契約したら更に延びるわけで。けど、確実に自殺するタイミングを失っていた。
「僕は死なないといけないのに……」
とりあえず、鞄から制服を取り出そうとした時に何かがこぼれ落ちた。それは、一通の手紙だった。そういえば、あのとき急いで家を出たから読まないまま鞄に入れてたんだった。もしかしたら、昨日のことについて書いてあるかもしれないから、読んでみることにした。
『優さんへ
昨日のお願いを聞いてくれるのなら最後まで読んで下さい。無理であれば、焼くなり裂くなりしてこの手紙を処分して下さい。
あの子は自分自身のことを知りません。
感情の表し方、名前自体知らないでしょう。
私は出来るだけ自然体でいるようにあの子に言いました。
本人は気づいていませんが、不器用だけど素直で優しい心を持っています。
けれど、私は一番大切な幸せについて教えることができませんでした。
それだけが私の心残りです。
どうかあの子を幸せにしてください。
私の可愛い孫をよろしくお願いします。 』
おばあさんのお願いを聞くか決める前に最後まで読んでしまった。読んでて死神の違和感の理由に気づいた。契約の説明をしてたときの死神の笑顔や話し方は大嫌いだった。おばあさんが生きていた頃の方がよっぽどましだ。
どうせ僕は死に損ないなのだから、今更ぐだぐだ言っても仕方ない。だから、一日だけでも世話になったおばあさんに恩返しをしよう。僕があの気持ち悪い仮面を外してやる。
夜十二時、死神は僕の部屋に現れた。
「約束の時間になりました。あなたは私と契約しますか?」
それは相変わらず作り物に見えてしかたなかった。
「契約する」
「……ありがとうございます。これにて契約成立いたしました。私、カゲはあなたの最後まで付き添うことをここに誓いましょう」
何か体に変化が起きたわけではない。ただ口約束をしただけにしか思えなかった。
「……契約したから、言うこと聞いてくれるんだよね」
「はい。私が可能な限りですが」
「それじゃとりあえず、僕の恋人になってほしい」
ここから僕と死神の奇妙な十日間が始まった。
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