美しい訃報で眠りたい

幼いころは、「厭世家」を自称していた。

騒々しい家族やクラスメイト、性別の存在、自分が置かれたすべての環境が煩わしく、辟易していた。


生きることが辛いのは、幼い自分にとって当たり前のことだった。

どう死ぬか、もしくはどうやって殺すか。少年法で守られているうちに、自分の安寧を守らなければいけない。

幼少期のわたしの頭の中は、そんなことでいっぱいだった。


心が落ち着くのは、自分の部屋に鍵をかけ、ベランダから辺りを眺めているときだった。

飼い猫と屋上で過ごしたり、ベッドに寝転んで天窓から雨や雪を眺めるのも好きだった。

とにかく、自分に近しい誰かと過ごす時間が苦痛だった。


小学校中学年のころ、わたしは自分の寿命を40歳と定めた。

美しいままで死にたい。当時のわたしにとって、そのリミットは40歳だった。

もう、寿命の半分以上を消費している。


───


大学時代の友人と広告コンペに参加することになり、勤労感謝の日に打ち合わせと称して食事に出かけた。

年末に向けて、お互い仕事が溜まりに溜まっている。昼間はそれぞれ業務を片付け、夕方落ち合おうという話だった。


最近見たテレビの影響で、待ち合わせは事務所近くのお好み焼き屋。少し遅れて到着すると、疲れた顔の彼が先に座っていた。

挨拶がわりに、年末の忙しさを労う。


「寝られてなくて、死んじゃうかもな。死んだらさ、あなたが撮った写真から、わたしの遺影を選んでよ」

「じゃあ先に、遺影渡しとく」


彼が世界堂の袋を取り出して、わたしに手渡した。

中には額装された写真が入っている。わたしがモデルをした、秋口の写真展で彼が展示した作品だった。

奇しくも、額縁の色は黒だ。


「明日死んだら、これが遺影だ」

グラスビールで控えめに乾杯した。


───


彼との食事を終えて仕事に戻り、事務所を出たのは0時過ぎだった。

タクシーで帰宅して、「遺影」を取り出す。


自分の写真を飾るのは照れ臭いが、試しに花を生けた花瓶のそばに飾ってみる。

まさに自分が死んだかのようで、少し悍ましく感じた。


あと、13年。

まだ、13年。

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