おれ、冷たいの飲めないんだよね 3
持ってきたのは、お笑い芸人 若林正恭の紀行文、『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』だった。ソファに沈み込み、キューバ旅行記を堪能する。所々散りばめられた毒々しい表現に時折頬を緩ませながら。
執筆以外を本業とする人の作品を選択する機会は、それほど多くない。単純に書店での分母が少ないこともあるが、なんとなく毛嫌いしてしまうところがあった。この本を手に取ったきっかけはInstagramだ。彼のアカウントをたまたま覗いたとき、キャプションがまとう皮肉とさらさら流れていく言葉の流れが気に入って「フォロー」ボタンをタップした。年末に立ち寄った書店でたまたまこの本を見つけ、なんとなく手に取ってしまったので、なんとなく購入してなんとなく読んでいる。
(もう少し意思を明確に行動したらどうなんだ?、と振り返って思うが、無意識だって立派な意思の表れだ、ということにして自分を納得させることにする)
メインのキューバ旅行記の終盤2章は、彼と父との関係性についての話だった。「ファザコン」という記述があり、はあ、家族のかたちはいろいろだなあと改めて思う。
『その日から今日まで親父はずっとぼくのヒーローだった。』
我が家の父は、生まれてから今日まで独裁者以外の何者でもない。未だに父の目を見て話すことができない私だが、作中の親子関係には目頭が熱くなった。
キューバ旅行記を読み終えて一度本から離れる。ちょうど仕事終わりの時間だからか、人がすこし増えたなと思っていると、カランカランと氷が触れ合う涼しい音が耳をなぞった。この寒いのに冷たい飲み物を飲む人もいるのか。誰かが冷たいカフェオレを頼んでいた。
氷の音に、過去の恋人を思い出す。夜のファミリーレストランで、「おれ、冷たいの飲めないんだよね。知覚過敏だから」と氷が入っていない水を飲んでいた。
「あー、わかるわかる。わたしもアイスかじれないもん」
別れてから複数人で食事をしたとき、彼にだけ氷無しの水を渡した。「えっ、よく覚えてるね。ありがとう」あの時の優しい声を思い出した。優しくて、暑苦しいヤツだった。優しすぎて、暑苦しすぎて、ちょっと私には耐えられなかった。冷えたカフェオレを口に含む。
「結婚したって聞いたけど、奥さんも優しくて暑苦しいのかな?
それはそれで、良い夫婦だな。
家族のかたちって、やっぱいろいろだよなあ」
2時間ほど現実逃避を堪能し、店を後にした。
開閉音をたてないように、扉が閉まるまで持ち手に手をかける。ガラス扉の向こうを見ると、店主と思しき人も同じようにしていた。ルールブックの答え合わせだ。
帰りの電車にはイヤホンをせずに乗り込んだ。車内アナウンスに、あーうるさいな、と苛立つ。
この騒音が日常に戻る切符なんだとしたら、どうか往復切符であってくれよ。
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