おれ、冷たいの飲めないんだよね 1
数年前、会社を休んで引きこもっていたころ。
今の自分から遠ざかりたくて、こどもの頃住んでいた家を見に行った。
今の自分から遠ざかるために、今の自分に地続きの場所へ赴くのは矛盾しているだろ、と、今となっては思う。
「ここの百均ずっとあるなあ」とか、「ここのコインランドリー、昔はビデオ屋だったなあ」とか、町の変化を楽しむ中で見つけた小さな看板。
古い店が消えて新しい店ができる。そのほとんどが、既視感のあるデザインとフォントの看板だったのに、その小さな看板は全く目新しくて、思わず足を引き留めた。
ぐぅっと近付かなければ読めない文字。「本の読める店」という説明に、興味関心のランプがピカっと灯った。当時セラピー的につけていた日記にも、この店への関心が残っている。
それから数日、私はさくっと会社を辞めて再就職。目まぐるしい広告業界でピシピシ働いている中で、「ゆとり」という概念が程遠くなっていった。
元来忙し好きの私は、「働け、働け、働け!学べ、学べ、学べ!」と自分の尻を叩きに叩き、寝る間も休日もろくに取らずに仕事に没頭した。毎日が新しいことだらけで、上司は絶えずチャンスをくれる。知識欲が満たされていく日々が幸せでたまらない。経験や知識を貪りつくすなか、「本の読める店」への興味関心のランプは弱弱しく点滅していた。風前の灯火。なぜならその空間は私にとっては癒し以外のなにものでもなく、その時の私はただひたすら走り続けることを望んでいたから。
先月、この業界で2回目の賞与をもらった。仕事にも慣れてきて、殆どの業務を一人でこなせるようになってきた。最初から全力を注ぎこみすぎた分、やや燃え尽きぎみだ。そのうえ、年末にどろっと流れ込んだタスクの山々に、随分疲弊してしまった。
今年の年末年始休暇は長い。何か仕事以外のことがしたい、日常から抜け出したい。
とはいえこのコロナ禍だ。旅行に行くわけにもいかない。どうして過ごしたものか…。
悩む年末、あの店へのランプがピカっと光った。
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