デブの呪縛
太ったなあ、と思いながら腹をつまむ。
鏡には、風呂上がりのわたし。
寝室でゲームをする恋人に裸のまま抱きつき、濡れた髪が彼の肩に落ちた。
ゲーム画面を見たままの彼に向かって宣言する。
「最近ものすごーく太った。痩せる!」
海の日の朝、わたしと姉はいつものビジネス街にいた。
撮影業務が発生したため、誰もいない会社を占拠しようという考えだった。
姉は風俗店で働いているが、社長に直談判して、一年前からアシスタントとして雇ってもらっている。30手前、いつまで現役でいられるかわからない。
「海の日だっていうのに、こんな天気じゃ海なんて行けやしないね」
白く濁った空を見て、世間話をした。
昨晩の、夜の寝室。
「痩せる!」と宣言したわたしに、彼は激しく首を振った。
「痩せなくていい。今のままでいい」
相変わらず画面を見たままの彼は、「痩せる」という言葉に驚いた顔をしていた。
「痩せる宣言」を強く拒否する彼に、わたしも少し驚く。
西日の射す会社の一室。
貝殻や水着に囲まれた商品を無言で撮り続ける。雨音が絶えない外と違い、カメラの中は晴れ模様だ。
撮影データを確認しながら、昨晩のことを姉に話す。
「彼氏、デブ専なのかなあ」
と言うと、撮影小物を整理していた姉の表情がカッと変わった。見開いた目でわたしの顔を見つめる。
「それは無い、絶対無いよ。あなた太ってないから。それ以上、痩せちゃだめだよ」
あれ?、と思って、腹を撫でる。
鏡には、風呂上がりのわたし。
昨晩は太って見えていたのに、今晩のわたしは随分細い。鎖骨も胸骨も腰骨も、薄青い肌にゴツゴツと影をつくっていた。
親にも恋人にも体型のことを突かれて、痩せることに執着していた若い自分がいたことを思い出した。食事も摂らず、許容量を超える下剤を飲んで、一日中悶えていたわたし。
言葉の呪縛は根が深い。あの頃から、鏡の中のわたしは「デブ」で「ブス」のままだ。
呪いを解く呪文は、唱えられ続けなければいけないらしい。
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