月のような

2017年9月7日木曜日


「手を揉んで」

彼が言った。昨晩眠る前のことだ。

お風呂上りに、仕事で疲れた彼の体をマッサージするのが私の日課だ。時に昨夜のようなリクエストをしてくることもある。私は喜んで引き受ける。昔から、人にマッサージするのが好きだった。


部屋の明かりは全て消しているので、月明りが唯一の照明だった。手探りで彼の手を取り、小指と薬指を使って挟み、押し広げる。親指でぎゅ、ぎゅ、と掌を押すと、彼は心地よさそうに「眠くなってきた」と呟いた。月が、いつにも増して明るい。


「月のように静かに見守ってくれる」という美しい言い回しがある。つい最近婚約内定会見を開かれた眞子さまは、お相手からそう表現されていた。月は確かに美しい。でも、他にも「見守ってくれる存在」はあるはずだ。例えば、電柱とか、避雷針とか。同じ「見守ってくれる存在」の中で、なぜわざわざ「月」なんだろう。月は夜しか見守ってくれないが、電柱や避雷針は一日中見守ってくれている。かといって、「電柱のように静かに見守ってくれる」は確かにおかしい。「美しい言い回し」とは言えないし、人に対して言うには、なんだか少し失礼な気がする。同じ「静かに見守ってくれる存在」なのに、なぜ月は美しくて電柱や避雷針はそうでないのか。「美しい」って何だろう。


彼が私をじっと見ていた。窓から月明りが差し込んでいる。こちらからすると逆光で、彼の表情は読み取れない。私は彼の手を揉み続ける。

「今、すごい美人だよ。月明りで。」

彼が言った。私は嬉しくて、微笑む。少し照れくさい。

「いつもは美人じゃないってこと?」とでも言って、茶化してやろうか、と思いつくが、今はいいや、と飲み込む。

自分以外を美しくできるから、美しいのかもな、と思った。

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