エンドロール

2017年9月6日水曜日


毎週水曜日はヨガの日と決めた。昔うつ病を患った母が治療の一環として習っていたのを真似て始めてみたが、外に出る良いきっかけになった。午前十時過ぎに家を出て、家の近くのホットヨガスタジオの十時半からのクラスに参加する。午前中から体を動かし、大量の汗をかくと気分がいい。午後は何をしようかと、自然と前向きな気分になってくる。

クラスを終えて家でシャワーを浴びる。コンビニで買ったお昼を食べて、近所の小さな映画館に向かった。今日はここで映画が観たくなった。一番近い時間の回のチケットを買い、映画館の周りを少し散歩する。開場まで、あと十分程だ。内容を調べずに選んだ映画は、恋愛モノのフランス映画だった。そういえば、一昨日観た映画もフランス映画だったな、と思い出す。

私は、映画を選ぶとき、内容を確認しない。タイトルやポスターから、なんとなくの雰囲気を感じ取って選ぶ。映画は静かで鮮やかなほうがいい。今日選んだ映画もそうだった。ゆっくりとした心理描写を多く取り入れつつ、音楽や映像は色鮮やかである。フランス映画は多くを語らない。ゆっくりと静かな映像を丁寧に映しこむ。そういえばそうだった。なんとなく好きな映画を選んでいるうちに、無意識にフランス映画を求めていたのかもしれない。


この小さな映画館には決まり事がいくつかある。一日の初めの回の上演三十分前から整理券付きのチケットを販売すること。開場時間になると、整理番号順に入場すること。その時、左側の扉から入場すること。飲食は自由だが、音は立てないこと。上演中はお喋りをしないこと。足を組み替える時は、前の座席を蹴らないように気を付けること。途中退場の時は、右側の扉から帰ること。携帯電話は終演まで電源を切ること。エンドロール中も携帯電話の電源はつけないこと。

決まり事の中にある自由が、本当に心地のいい自由だ。病院の待合室で読んだ雑誌にそう書いてあった。初台に、沢山の決まり事が定められたカフェがあるらしい。落ち着いて本を読める環境を整えるためのルールを定めていたら、膨大な数になってしまったそう。決まり事は沢山あるが、そこでの自由はとても心地いいのだそうな。本当だろうか。決まり事を気にしすぎて落ち着かないのではないか、と思いもしたが、行ってみたら、案外そうでもないのかもな、と思う。


エンドロールが始まると、途中退場する人がバラバラと出てきた。皆右側の扉へ向かう。映画の中盤で飲んだ薬が効いてきて、眠気が襲ってくる。まだ動く気にはなれない。瞼を閉じる。ああ、人生の終わりは、こんな映画館でエンドロールを眺めながら、眠るように逝くのが良い。

エンドロールが終わり、照明が点く。パンフレット販売のアナウンスが鳴る。終演後は、左右どちらの扉から退場しても良い。瞼を開けて、立ち上がる。死ぬにはまだまだ早すぎる。

さ、タバコ吸お。

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