第12話 異世界のリアル ー 伝承


 集落の中央でボロをまとった老人が大声で叫んでいる。


 やはり伝承の通りだった!!

 伝承にはこうある。


 『時に、強力な力持つ者現れ、人々を助けるであろう。

 だが、頼るなかれ。

 その者は突如力を失い、我らの前から去るのだ。

 だから心して備えよ。

 その者が居なくなってからが我らの本当の戦い。

 この世界を支配するために、その者が居なくなってからの戦いで勝利せよ。

 だが、けっして忘れるな。

 勝利しえたとき、強力な力を持つ者はいずれ敵側に現れるのだから……』


 伝承に偽りはなかったのだ。


 さあ、隠していた武器を出せ!

 彼の者が現れてから今日までの間に、この日のために備えていた、敵を倒しうる武器を!


 真の戦士は目覚めよ!

 もう戦えぬフリする必要はない!

 地下に隠れることもないのだ!

 伝承を信じてくれた者達よ、今日まで不便をかけてすまない。


 彼の者と共に戦い、この日を生み出すために戦った者達は休め!

 お前達の役割は終わったのだ。

 

 皆の者!

 伝承の通り、この日が我々にやってきた!

 己の力を隠さずに、戦うべき日が来たのだ!


 いくぞ!!


 ヨボヨボしていたはずの老人が、折っていた腰と背筋を伸ばし、急に頼りがいあるリーダーの姿となり、戦い開始の号令を行っている。疲れ切った様子の住人達が、その顔に精気を現わして動き始めている。


 ボロ家と地面に穴が開き、そこから綺麗に磨かれた鎧に全身を固め、手に武器を携えた体格の良い男達が続々と地上に出てきた。彼らはお互いに顔を見合わせ、気合いの入った表情で集落の外へと歩み出す。

 

 「……これは何なの? 」

 「人間種とクリーチャーどもの覇権争いに、転生者は利用されてきたってことだろ? 」


 ――そうだな。この世界の住人は、”箱庭”のルールに適応してきたのだろう。


 「ドルはこのことを知っていたの? 」


 ――いや、知らなかった。


 「じゃあ、彼は……」

 「利用されたんだろ。戦況を有利にするためにさ」


 ひびき達はハンディカムで状況を撮影しながら、言葉に怒りとやりきれなさを交えて話し、そして無言になった。もうじき命を失うであろう元地球人の気持ちを思うとやりきれなかったのだ。


 人々が戦いに向かい、集落から人気ひとけがなくなるまで撮影したあと、ひびきはつぶやいた。


 「……これが本当の異世界のリアルなのね……」


 ひびきは悟っていた。長い年月を耐え抜いてきたのだから、その間に対抗手段を持っていないはずなどないのだ。生きる世界が苛酷な環境ならば、苛酷な環境を生き抜くための手段を求め、探し、手にするのが人間だ。地球でだってそうだったではないか。

 この世界の人間はしたたかで、転生者の力に依存することなく、同時にその力を利用して自分達が有利になるよう考え生きてきたのだ。

 そしてその考えは、知恵あるクリーチャー達にも持たれているらしい。

 そう、転生者は均衡する対立を一時的に壊す存在。


 アドの気まぐれで人間側に転生すれば、人間側を有利に。

 クリーチャー側に転生すれば、クリーチャー側を有利に。


 たったそれだけのために利用される存在で、世界を救うわけではないのだ。


 ――そうだな。この星以外にも地球からの転生者は現れる。……どうする? ”箱庭”にある他の星のリアルを地球に知らせる気はなくなったか?


 「……いえ、映して、そして地球に伝えるわ。彼のように利用される人を一人でも減らしたいもの」

 「……しょうがないなぁ。俺も姉さんに付き合うよ。だけど、俺達が普通に生きて死んでいけるようにはしてくれよ? マズ」


 ―― 判ってるわ。奈美恵と一緒に生きて死んでいきたいのね?


 「そうさ。できるだけ地球で平凡に生きていきたいのさ。……姉さんは違うかもしれないけれど……」

 「さあ、どうかしらね? 」


 ニヤリと口元をあげて笑うひびきを見て、あたるはヤレヤレとため息をついた。ひびきはパンッとあたるの背を叩くと姿を消した。今後も振り回されそうなだなとつぶやいてあたるも姿を消した。

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