知って欲しい異世界のリアル~転生希望者を減らすために~

湯煙

第1話 弄ばれた転生者

 「何故こんなことが……」

 

 元地球人の転生者は、この世界に転生する際に神から貰った能力と転生後に手に入れた能力を全て失ったことに気づき愕然としていた。軽く振るだけで敵を瞬時に切る速度を持っていた剣は重くふらつき、ちょっと集中するだけで自由自在に使えた魔法は発動する気配もない。

 これでは転生前の自分と何も変わらない。武器を持って戦うことなどできない平凡な一般の社会人男性でしかない。


 「ああ、確かに、能力を与えるとは言ったが、後に取り上げないとは言わなかった。だが、そんなことを普通警戒するか? 」


 彼を恨み、彼を狙い襲い来る異形のクリーチャー達からとにかく逃げるだけで精一杯の彼は、焦りと怒りが混じった思考を浮かべた。薄着の巫女姿をした美しい女神は「転生して、戦いで疲弊した世界を救う勇者となって欲しい」「転生する際には、戦いに必要な力を与えよう」と言った。

 ああ、それは嘘じゃない。

 嘘じゃなかった。

 だが、目的達成後には力を失うとは教えられなかった。

 その理由は……。


 「そうか、俺はおもちゃにされていたのか……」


 認めたくない結論に達した時、安易に信じた自分を後悔していた。


 彼は逃げ惑う自分を監視している者の存在にぼんやりとだが気づいていた。

 そこには敵意はなく、「ただ観ている」以外の空気は感じなかった。


 今はもうその存在を感じられなくなったけれど、力を失う前は誰かが近くに居て観察していると感じていた。

 見えないけれど近くに居て、しばしば自分に注目する存在がいると感じていた。

 きっと今もそばに居る。だが、彼を助けるようなことは、これまでと同じくしないだろう。

 何が目的なのかは判らないけれど、今もきっと監視していると確信していた。


 そして彼の想像は思い過ごしでも考えすぎでも無く事実だった。


 元地球人がクリーチャーから逃げる様子を、姿と気配を消してハンディカムで撮影する男女がいる。

 そしてその者達も地球からやってきた人間だった。

 この世界に転生した元地球人の有様を、地球の人々の目に晒すために……。

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