戦争が死語になった世界で

戦争が死語になった世界で、

人々は戦争という名をおそれ

ついに地上から戦争はなくなった


だが、

代わりに戦争という名をもたない

戦いは日々規模を拡大している

報復と防衛、軍事行動の名のもとに

宣戦という様式だけを隠蔽し

「これは戦争ではない」と謳いながら

小規模な戦闘は激化の一途である


ミサイルは大陸の空を飛び交い

軍港はあらゆる島々に現れた

掲げては捨てられるぼろぼろの国旗たちが

島々にカラフルな地層を成している


無人島は護岸で膨張し続け

ひとつひとつの岩礁でさえも

「島」として増殖を繰り返している

地図には日々新しい「島」が書き加えられ

国境はその度に引き直されている


軍事演習の名の下の牽制や

火力を使わない言葉での戦闘や

血を流さない「戦争」の形は

ただ「戦争」という名を持たないだけで

いま世界中で行われている


人々の目を盗む夜の密航や

永遠に真っ暗な地下の実験や

真空の常闇に浮かぶ衛星の報告は

首脳たちの外交上の笑顔の裏に

たしかに影となり張り付いている



血の流れない「戦争」の長い夜、

長いナイフのような夜に切り裂かれ、

人々の不安は声となり噴出し

生活が没落していくという意識は

国家への賛歌と排他へと向かう

その心はまた神を論理に着て

自らの殺戮を正当化してゆく

その心はまた難民の心となり

群衆を国境の壁へと向かわせる


血の流れない「戦争」の長い夜、

水晶のような月光の照る夜に、

人々の名を祈りを願いを込めていた、

国旗はぼろぼろに土に塗れていて

象徴は岩礁に降った雨に滲み出て

赤ぐろい無数の染みを残している


血の流れない「戦争」の長い夜、

戦争が死語になった世界で

ぼろぼろの国旗の地層の下で、

戦争は静かにその時を待っている

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