第1章§1
アルバイト採用選考結果のご通知
拝啓 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
今般は、アルバイト募集にご応募いただき誠にありがとうございました。
厳正なる選考の結果、採用を見送りましたことをご通知いたします。
この度は、ご志望に添うことができませんでしたが、何卒ご理解の程よろしく
お願いいたします。
末筆ではありますが、定様のより一層のご活躍をお祈りいたします。
敬具
株式会社雪鷺グループ
人事部長
「お、落ちた……」
朝一番、ポストに手紙が入っていたので、読んでみたらこれである。手紙を手にしたとき、雪鷺グループの名があったので、すぐさまアルバイトの選考結果が来たと感じた。郵便物そのものが厚みを帯びていたため、アルバイトの合格通知とその後の手続き書類か何かと思って開けてみる。そうすると、さきほどの手紙と雪鷺グループの系列会社や子会社のチラシなどが二三入っていただけ。
この回も含めて、これで四回目のアルバイト採用不合格通知である。正社員の不合格通知はもうすでに三回経験。ここ二か月で総計七回も弾かれている。正社員採用に連続三回で落ちたとき、まさかと思い、アルバイトの採用にも募集してみたらこのザマだ。自分の力量不足のせいではなく、何か、恣意的な働きかけがあるのではないかと疑ってしまう。
ふと履歴書を見る。経歴の海軍大学校航空兵科卒業、この十一文字が目に入った。
文民は元軍人に対して憎悪の念があるのだろうか。
よくよく考えてみると、そのふしはある。七年と三か月、何の成果も得られないまま、ダラダラと戦争を続け国力を疲弊させた挙句、戦争に勝たなかったのだから。
たしかに勝っていない。でも、負けてもいない。負けていたとしたら、怒りの矛先は軍に向かうのではなく、敵に向かうはずだ。けれど、私たちは戦争に勝ちもせず負けもせず、引き分け、痛み分けという形で和平協定を結び終戦を迎えた。和平協定の内容には、もう戦争を引き起こさないようにするために彼我の軍隊を解散するという条項が盛り込まれ、その通り軍隊は解散した。
だが国民の怒りは収まるどころか爆発した。国力をいたずらに消耗させるだけの劣弱な暴力装置に怒りをぶつけるため、軍事施設が焼き討ち事件に遭うなどの暴動事件がいくつか起きた。
このように、文民の怒りはまったく収まっていない。そして、たかだか正社員、アルバイトの採用ではあるが、その怒りが私に向けられ、のべ七回もの不合格という結果を引き起こしたのではないのだろうか。
畳の上に寝そべり、天井の木目を睨みつける。次々と色々なことが想起される。職、お金、今後の生き方、職、なぜ戦争に負けたのか、お金、戦友、職、なぜ私は生きているのか、お金、なぜ戦友のある一人は戦死しなければならなかったのか、職、孤独、空腹、情けなさ、お金、喉の渇き、自己嫌悪、職、趣味の読書、酒、お金、タバコ、両親の安否、冷蔵庫の中にある麦茶が切れたこと、職、孤独、寂寞、死……、――もしこのことを文章にすると、一本の直線的にしか表せないが、思考は淀みなく並列に流れ出てくる。
いやいや、色々考えすぎか。職については、へこたれず、次のを見つけてチャレンジしよう。
気分転換をするため家を出た。家にいるとどうしても陰鬱な気持ちになる。
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