撃墜王の忘れ物
リン酸
プロローグ
あの日のことは、忘れられません。それは、七年ほど続いた戦争が終わる一か月前のこと。
戦時中とはいっても、学校の授業がありました。海の向こうでは兵隊さんたちが戦っているということを尻目に、淡々と「日常」を過ごしていました。しかし、あの日、「日常」は崩されました。「日常」と言っても、七年も戦争が続いていたので、国力は疲弊し、戦前と比べたら遜色はかなりあったのでしたが……。
お昼休みが終わった五限、私は眠気をこらえながら授業を受けていました。授業が終わりそうになったとき、サイレンの音がけたたましく鳴りました。突然のことだったので教室はザワザワとなりました。しかし、すぐに静かになりました。なんと、敵国の爆撃機が来たのでした。
「おいおい、避難しろって、どこに行けばいいんだよ!」
「防空壕とかって、ここらへんなくない⁈」
「空見ろよ、空!」
クラスのみんなが窓際に駆け寄り、空を見上げました。
「なんだよ、何にも飛んでないじゃんか」
「誤報?」
「違う! 雲に突っ込んで隠れた!」
「出てきた! 出てきた‼」
雲から飛び出てきた敵国の爆撃機は、さながら空飛ぶ鯨のようでした。
今、思い出してみると、あの巨体に爆弾が積み込まれていたのだと思うとゾッとしますが、その当時は大きいという印象しかありませんでした。それほど、戦争が「非日常」的だったのでしょう。七年もの長い間、戦争をしていたにも関わらず……。
「え、どうすんの、どうすんの! 近くない⁈」
悠々と鯨は飛んでいました。
「おい、軍隊は何してるんだよ。どうにかしてくれよ!」
「ど、どこに爆弾が落とされるんだろう……」
クラスメイト達が銘々と騒ぎ立てていたその時、戦闘機が鯨の後方上空から前方下へ斜線を引くように追い抜きました。すると、鯨はだんだんと高度を落とし山にぶつかり炎上しました。幸い爆弾による被害はありませんでした。
「なんだ、あの戦闘機! すげえ!」
「た、助かったんだ……」
鯨を撃ち落とした戦闘機は大きな円を描きながら旋回を続けていました。
しばらくすると旋回をやめ、私たちの学校付近を過ぎ去りました。学校の屋上ほどしか高度がなかったのか、私はその戦闘機をよく見ることができました。
忘れもしません。本来深緑の戦闘機のはずだったのに、桜が舞っていたのです。
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