No.1-2
状況は深刻だった。
「ななな、何でッ……こんな所に⁉」
レクティアは恐怖のあまり腰を抜かし、声を震わせてそう言った。
(クッソ、あの時もっと早く気付くべきだった……‼)
つい先程、偶然見かけた塀の穴の正体。まるで不自然に細い何かで削られたかのような痕。今思い返してみればそれは二人の目の前にいるモンスター『デットリードッグ』の鋭い牙による物に間違いなかった。
デットリードッグは『グルルルッ』と唸りながら、こちらへギラリと赤い目を光らせる。奴の悍ましい視線は二人から離れることは無かった。
「あわわわ……わ、私は、おおお美味しく無いですよおぉぉぉぉぉ」
「馬鹿っ、何ふざけた事言ってんだよッ‼ 逃げるぞ‼」
「きゃっ‼」
ラルフは、咄嗟にレクティアの腕を掴んで走り出した。
(少しでも、時間を稼がなければ……)
当然デットリードッグも二人を追う。
「何なのよ‼ どうしてこんな所にデットリードッグがいるのよ‼」
「そんなこと知るかよ‼ まずはここから脱出することが第一だ‼」
しかし、脱出するとしても二人が逃げた先は入り口とは逆の方向である。また、生物学的にも分が悪く、捕まるのも時間の問題だった。
(何か……何か無いのか? この状況を打破する手段を……)
「ま、魔法で時間稼ぎになるかしら?」
「あ、ああ上等だ。何の魔法が出来るんだ?」
「基本的に風魔法ならなんとか」
「丁度良い、奴を吹き飛ばせ‼」
「分かったわ‼」
レクティアが言うと、走りながらであるが後ろを向き左手の掌を向け右手にマナを滲ませ、
『
《「風の御霊よ――、汝を扇げ、『飛ばせ』空高く!!」Ⅲ=Ⅰ/LvⅡ/a.0.Ⅲblow》
詠唱が成功したのか、
「飛ばしなさい【ウィンド・ランブル】‼」
黄緑色の魔方陣は直後に空間の空気を一カ所に集中させ、風の莫大なエネルギーを放出させた。
『ゴゴゴ――ッ‼』と響く暴風と共に空気の衝撃波はデットリードッグへと放たれ、吹き飛ばした。そのままの勢いで並ばれた木々に直撃し血や内臓を撒き散らし、やがて動かなくなった。
「や、やった……ざまぁみなさい‼」
嬉しそうに笑みを浮かべるレクティア。しかし対してラルフは警戒を解くことは無かった。
「何やってる、逃げるぞ‼」
「どうして? 倒したじゃ無い。なんでまだ逃げるのよ‼」
「馬鹿、よく見ろ⁉」
ラルフが余所に指を指す。そこには暗くてよく見えないが、おそらくデットリードッグであろう眼光が二人を睨み付ける。
少なくとも複数確認できた。
「なああぁぁぁッ⁉ 増えてるううぅぅぅぅ⁉」
「当然だ‼ 奴らだって馬鹿じゃ無い、こんな人気の無い絶好の環境で俺らという最高のドッグフードを諦めるわけ無いだろ⁉」
モンスター『デットリードッグ』は、基本的に単体では行動しない。七,八体の群れを成して行動しているのが基本だ。
「なら、もう一度――『
彼女は再び人差し指にマナを滲ませ、魔法を詠唱し発動する。魔法はヒットし撃破するが、一向に赤い眼光は減る気配が無い。
「駄目よ、コレじゃあ埒が明かない……‼」
(畜生、こうなる事ならスキル割り振ってたのに……)
ラルフは後悔するが結局の所それは結果論に過ぎない。
(しかしおかしすぎるだろ。何で本来モンスターが現れないはずのエリアに⁉)
そう、ラルフの言うとおり今いる『ミステルプランギ』の他にも人が住んでいる町にはこのゲームの仕様上、特殊なイベントが無い限りはその敷地内にモンスターは存在しないはずなのだ。
(一体どういうことなんだよ……イベント? だとしてもミステルプランギでモンスターが出るイベントなんて見た事が無い……)
しかし、かつて全てのクエストを制覇した彼にとっては今起こってる事に関して一切心当たりが無かった。
「無理、MPが足りない……」
時間稼ぎのために魔法を連発していたレクティアも体力の限界が近かった。息を切らした様子でその場に倒れ込んでしまった。
MPは魔法を使用することにおいては必要不可欠な物である。仮に全て消費してしまうと、魔法を発動することに支障が出るだけでは無く身体の運動機能が低下してしまう。
今のレクティアは当にその状態だった。
「お、おいレクティア⁉ しっかりしろ‼」
「ぜぇ……ぜぇ……ゴホッ……‼」
倒れ込みながら咳き込むレクティア。
(しくじった……)
「「「グルルルッ‼」」」
気が付けばあらゆる方向からデットリードッグの眩い眼光が二人を囲むように展開されていた。
さすがにこうなれば詰みだ。
一応持っている接近戦装備で戦うことも可能だ。しかし、今の彼のステータスではどんなに応戦するも耐久戦になってしまう。おまけに接近戦が得意とするデットリードッグとでは、分が悪すぎるのだ。
しかし、そうなると分かっていてもラルフは武器を抜いた。
「クッソおおおおぉぉぉぉ‼」
その時、デットリードッグ達のその内の一体が大きく吠えだした。
それが合図だっただろうか、直後に周りのデットリードッグ達が爆ぜるように二人に向かって駆けだした。
(嘘だろ、いくら何でも多すぎる⁉)
ああダメだ。終わった……そう確信した次の瞬間だった。
「穿て……【ホーミング・シャイン・ショット】」
無気力な声と共に風を斬る鋭い音。
刹那、二人の背後から複数の光の矢がその場にいたデットリードッグを一瞬にして全て貫いたのだ。
「……え?」
突然の出来事にその場に固まるラルフ。デットリードッグ達は急所に当たったのか一瞬にして命を刈り取ったのだった。
「い、今のは……?」
光の放たれた方向に目を向ける。そこには一人の弓を持った女性が目に入った。
その女性は見た目としてはレクティアよりかは少し年上のように見えた。ボサボサの黒髪が特徴的で、やる気がなさそうなその表情には深いクマができていた。体系的には標準よりかは痩せ型で、所々穴が空いたボロボロのローブを身に纏っていた。
「あなたは……?」
ラルフが問おうとしたとき、すぐ横にいたレクティアが飛び出した。
「セピアああぁぁぁぁぁ‼ 助かったよおおおぉぉぉぉ‼」
「レク……鬱陶しい……」
半ベソで一方的にレクティアから抱きつかれる事にセピアは大した反応を示す事は無かった。冷静なのか、もしくは全く以て興味ないのか、正直彼女の表情から感情を読み取ることは出来なかった。
するとセピアはラルフの方向に目をやると無表情のまま話しかける。
「あなた、見ない顔ね……どなた?」
彼女の声には力が入っておらず所々掠れており、一切の気力を感じられなかった。
「俺は、ラルフあなたは――」
「セピアよ……あなたがラルフね……レクティアから話は聞いてる」
「え、話? どういうこと?」
「いや……どういうこと、って……ワタシはレクティアと同じギルドメンバーだし」
「は? ギルドメンバー?」
「ええ、……それが何か?」
彼女の口から流れた『ギルドメンバー』という言葉。そこからラルフは瞬間的にあることを察した。
「って事は……ここは?」
「私たちギルド……『
セピアのお陰である程度合点が付いたのか、まさかと思いレクティアに問いかける。
「おい、……レクティア……」
「ん゛っ……なにぃラルフ?」
セピアから離れずにいるレクティアは、ラルフの方へと申し訳程度に視線を向けて応じる。
「まさかお前、……最初から俺をこのギルドに入れようとしてたんじゃないだろうな……?」
「……バレた?」
「バレたじゃねぇよ‼ 何勝手に、俺許可した覚えは……」
「あわわわ……わ、悪かったわよ。だだ、だって本当に新しいメンバーを確保するなんてこうするしか無かったのよ‼」
慌てるように弁明するレクティア。ラルフはさらに追及する。
「じゃあさっきのデットリードッグは――」
「あれは私たちと何にも関係ないわよ‼ だって見たでしょ、手加減すること無く襲い掛かっていたじゃない‼」
「まあ、……確かにそうだな」
一瞬考えながら言うラルフ。その件は、彼らの反応を見る限り恣意的な物ではないのは確かだった。
その理由としては、先程記した『このゲームの仕様上町にはモンスターはいない』という前提条件があるからだ。故に町の境界線には特殊な結界張られ絶対に侵入することも出来ない――
(――ハズ、だよな……?)
右手を顎に当て考えるような仕草をするラルフ。
「ラルフ……ここで話すのもアレだから……拠点で……」
「拠点?」
「すぐそこ……です」
セピアがそう言うとずっと離れないままでいるレクティアを無視して、スタスタと歩いて行った。
「ま、待ってよ~セピア‼」
セピアから振り払われ、後を追うレクティア。ラルフはその二人の後について行くのだった。
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