No.0-4(Beginning)

 ピピッという電子音と共に、VR機器の電源が落ちた。

 無音の空間にて、ベッドにだらしなく横たわる短パン一丁の青年が意識を取り戻した。

 彼の名は琴吹景侍ことぶきけいじ、所謂あの『孤独の神殺者』として恐れられたルイスの『』である。

 唸るような声を発しながら、ゆっくり起き上がり頭に付けられたVR機器を外し枕の脇に置いた。

 同時に、彼のボサボサの黒髪が露わになった。齢十六の男性にして整った顔立ちであり、普段部屋から出ないのか色白で痩せ細った体系だった。

 彼の部屋は八畳ほどで、窓はカーテンで閉め切られており辛気臭い。周りには洗っていない洋服や飲みかけのペットボトル等が散乱していた。

 現実世界での彼は、ルイスのようなカリスマ性は微塵も無かった。

「……コレは酷い」

 苦い顔をしながらベッドから降りる。電気を点け、そのまま散らばったペットボトルや洗ってない洗濯物を片付け始めた。

 一通り終えると、今まであった辛気臭さは見事に消えていた。窓を開けるなどをして換気した結果でもあろう。

「これで良し」

 満足したような様子で、額を拭う。

 その時ベッド脇にあった一枚のガラス板のような物が突然点灯しバイブのように振動し始めた。

 ガラス板の正体はこの島で基本的に流通しているスマホだ。どうやらアラーム機能が起動したようだった。時間は日曜日のA.M.7:30を指していた。

「あれ、さっきまで……いつの間にこんな長く」

 ログアウトしてすぐ寝てしまったのか時間の流れは速い物だな――、そんな適当な事を思いながらスマホを操作していると一つ、あるメールの存在に気が付いた。

「あれ、いつの間に……」

 受信フォルダーを確認するも、タイトルは差出人共に文字化けしており、パッと見て率直に言えば『意味不明』その一言に尽きる。

 よくテレビや学校の情報の授業で『よく分からないメールは開くな』とキツく教えられた記憶がある。

 しかし――

「ん?」

 受信された時間に彼は注目した。

『20時37分』

 この時間が示す意味、それはGP6thが終了して数分が経った時間だった。

 彼は自分が『ルイス』とは他人に誰一人明かしていない、仮に意図的に送ったのなら、いくら何でも都合が良すぎる。だとすれば運営か……しかし。

「うーん、こんないい加減なメールは運営からとは考えにくいし……」

 悩む琴吹。だが、もしもコレが実際はスマホの不具合で本当に運営からの直々のメールであれば困るのは自分自身である。また、その逆もあり得るのだが――

「見る? 一か八かで……」

 しかし非常に気になって仕方ないのだった。

 そして、琴吹は決断する。

「っ……おおっと、手が滑ったああああぁぁぁぁ!!」

 そんな、わざと臭い台詞を盾にするように言いながらメールを開いた。

「……あれ?」

 ゆっくり目を開けると本文には文章は何一つ無く、一つだけ無名のファイルが残っていた。

「これは、『VRFL』?」

 VRFLとはVR機器にのみ利用が出来る特殊なファイルだ。主にゲームでのMODソフトを導入させるために利用される。またVRFLは名前の通りヴァーチャル世界に介入される為、それらが人体に影響が与えられないか確認するため公開させる前に一度安全な物か開発会社で厳格に審査される。

 基本他人に渡るという事は『安全である』と運営が認めた証拠だ。しかし――

「こんな送られ方されたらな……」

 不安になるのも仕方ない。

「う~ん、下手な物ではないと思うけど……」

 メールはスマホではなくても、VR機器でも閲覧は可能だ。

 早速、VR機器機器を頭に被せる。

『ON-LINE』

 そう聞こえた瞬間、彼の視界にはパソコンのホーム画面のような物が映し出される。

 そのまま彼はメール画面を開き先程のVRFLが入ったメールを見る。

「――ふう、よし」

 一度深呼吸してから指先をファイルへ手を伸ばす。


 そして――ファイルが展開する。


 次の瞬間、彼の世界は突如次元が歪んだかのように変異し、テレビの砂嵐のような不快な雑音が彼の鼓膜を大きく揺らす。そして同時に発生した真っ白な光が彼と共に世界を覆う。

「え……一体コレは!?」

 何が起きたのか分からない彼は、必死に声を荒げた。

「き、緊急停止ィ!! ログアウト!!」

 しかし、機器は本来従うはずの琴吹の命令に一切応えようとはしなかった。

「何で、どうしてだよ!!」

 理由は一切分からない。何も出来ない彼は焦る事しかできなかった。

『ユーザーネーム――……認証完了』

 その時、同時に突然体がふわりと重力に従い下へと、共に徐々に強い風が身体を煽る。

「え、って、誰――?」

 いつの間にか砂嵐のような雑音は消失していたが、その代わりに『ボ――!!』という風音が響いた。

 その直後に霧が晴れ下を向くと、そこには生い茂った森や山、そしてすぐ近くには巨大な大樹に覆われた街が視界に入った。

 瞬間彼は自分の身に何が起きたのか理解する。

「うわああああぁぁぁぁ!! まさかの突然のスカイダイビング!?」

 そう、高度一〇〇〇メートルからの垂直落下だ。

 当然インストラクターなんて者は存在しない。

「ぱ、パラシュート!?」

 そんな物は無い。

「何だよコレええええぇぇぇぇ!! どこに着地すれば――」

 必死に首を動かし、着地場所を探すがそうする間にも落下は続く。

「クソ、近くに湖すら無いのかよ!!」

 仕方ない。と、彼が標準を合わせたのは一番近くにあった巨大な大樹だった。

 この大樹の枝葉に上手く速度を落とすことが出来れば、――そんな事を祈ながら手足を大の字に広げ着地の体勢になる。

「イチかバチかああああぁぁぁぁ!!」

 そして大樹の枝葉に接触する。

 落下は止まった。



 ドサッ!! という重い音が聞こえたと同時に背中から強い衝撃が襲いかかった。

「ガハッ!!」

 思わず彼は咳き込むも歯を噛み締めながらゆっくりと身体を起き上がらせた。

 一度深呼吸で身体を落ち着かせると次に目を開き歪んでいた視界のフォーカスを徐々に整えていく。

「ん?」

 周りを見渡すとそこには沢山の核石人種プレイヤー原人種NPCがざわざわと彼を囲んでいた。

『なんだ、何の騒ぎだ?』

『大丈夫かよアイツ?』

『落下ダメージでよく死ななかったな?』

 そんな野次馬の声が彼の耳に届いていた。

(確かに、俺生きてる……なんとか?)

「俺は……さっき何を?」

 まだ脳の処理が追いついていないのか、未だ混乱状態だった。

 その時――

「ちょっと、見世物じゃないんだよ!! ……あの、大丈夫ですか?」

 一声と共に一人の少女が現れた。

 別に彼女の一声で一斉に全員がその場を散ることは無かったが、少しずつぞろぞろと散り始めた。

「あ、ああどうも……」

 その光景を余所に彼はふと彼女の姿を眺めていた。

 齢は琴吹と然程変わって居ないような雰囲気で外見としては茶色い革のブーツに白いニーソ、黒を基調としたブレザーのどこかの学校の女子制服を着込んでいる。モデルに居そうな整った顔立ちに体型、そして白いリボンで一本に結んだ金髪と美しい碧眼が何より特徴的だった。

 彼女はそっと手を差し出し琴吹はその手を取る。

「あぁ、痛たたっ……」

 尻餅をついてしまったからか、立ち上がる際に身体が痛かった。

(畜生、誰だこの VRFL作ったヤツ、絶対にぶん殴ってやる……)

 心底そう彼は誓った。

「す、すいませんっ!? む、無理しないで下さい!!」

「お気遣いどうも……」

 やっとの思いで立ち上がると、手で身体に付いたゴミなどを払う。

 その時自分の身体を眺めながら色んな違和感に気付く。

「ん? この装備、この身体……え、あれ?」

「あれ、どうかしましたか?」

「い、いや……まさか、な」

 何か心当たりを感じたのか、咄嗟に左手でメニューウィンドウを展開する。

 彼は、「そういえば」と。彼はログインする直前にハード機器から聞こえた音声を思い出したのだ。


『――ユーザーネーム「ラルフ」認証――』


「まさか、本当に――」

 そして、『ステータス』の一覧を開くとそこには――

「う、嘘だろ……」


  Name:ラルフ

  Lv:1

  HP:34

  MP:12

  攻撃:27

  守備:39

  魔攻撃:31

  魔守備:45

  固有能力:Look ※条件を達成し解放アンロックして下さい


 そこには、以前の彼とはかけ離れた数値が並べられていた。

「俺はラルフ? ……ルイスじゃなくて?」

「ん、何か言った?」

「あっ、いいや何でも」

 手をブルブル震わせながら今自身に起きている状況を整理しようと、少女に尋ねる。

「すまない、ここの町って……?」

「えっ、『ミステルプランギ』だけど」

 突拍子も無い質問に、彼女は一瞬戸惑う。

「ね、ねぇ。ホントに大丈夫? ……あれ?」

 呆然としている琴吹の姿を見て少女は、心配そうに訪ねる……が。

「な、なんで? まさかまさかッ――?」

 琴吹は慌ててメニューウィンドウを開き、今一度自分の身体を確認する。

 彼の装備は大して特徴らしい特徴が無く、一言で表せばモブが着るような茶色いズボンに紺色の服。腰には初期装備である木刀がぶら下がっていた。外見としては、ルイスとは正反対に黒髪で中性的な顔立ちであり、ズボンを履くかスカートを履くかで男性にも女性にも見えなくも無い顔立ちだった。

 次の瞬間、琴吹……いやラルフは確信する。そして――


「何じゃこりゃああああああああ!?」


 直後に怒声が響いたのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る