No.0-2

 試合開始のブザーが鳴った瞬間相手チームの五人は、その内の前線職の選手三人が突如爆ぜるように前方へ駆け出した。

 リーダー格の甲冑装備の男は仲間に指示を出す。

「良いか、先ずはヤツの行動を封じる。後はその作戦に狂いが生じない限りは『作戦A』を実行しろ!!」

「「「「了解っ」」」」

 翔る三人は、歯を食いしばりながらルイスへ襲いかかる。その時同時に突如片手の人差し指に微かな光が灯った。

「「「詠唱宣言コール!!」」」

 光の正体はマナという物である。

 このゲーム上で魔法を利用することにおいては無くてはならない存在だ。魔法を使用する事の構成要素は三つ有り、一つは十分なMPと二つ目は言葉での詠唱、所謂言語詠唱コール=ルーン、そして三つ目が魔法式筆記での詠唱、魔法式プログラム=ルーンの三つを合わせて詠唱する事で初めて魔法の詠唱に成功するとされている。

 各三人は指を空へ向けまるで指をチョーク、空全体が黒板のように見立て、自身の唱えようとしている魔法の『魔法式プログラム=ルーン』を書き始める。

「《「火炎・上級付与」ⅠⅠ=high》!!」

「《「雷電・上級付与」ⅣⅣ=high》!!」

「《「暗黒・上級付与」ⅦⅦ=high》!!」

 彼らが唱えたのは武器や防具にそれぞれの属性を付与させる【エンチャント】と呼ばれている魔法だ。

 それぞれ三人の武器には一人は火炎が吹き出し、ある人は電撃が迸り、三人目は刀身が闇に侵蝕され禍々しい力が放たれる。

 三人はルイスとの距離を一定まで詰めると三方向に散り、彼に対して三角形上になるように囲む。

 その時ルイスもボソボソと小声で小さく指を動かしながらを唱えていた。

 同時に、待っていたと言わんばかりに後方に居た二人は持っていた杖の先からマナを滲ませ、とある魔法を詠唱し始める。

「「虹の御霊よ、怒れ、惑え、混沌の狂風、汝に与えよ」ⅢⅣ=Ⅰ/LvⅦ/ab-reⅢ――」」

 魔法式プログラム=ルーンを書き切ると、その書かれた文字は一瞬にして渦を巻くように縮小、やがて消滅する。

 その直後、地上に異変が起こる。

 一瞬地面に現れた巨大な魔法陣がルイスを中心に展開される。

 突如、ボオォ――ッ!! と、風がまるで悲鳴を上げるかのように空間を響かせ、全体を巻き込むような形で巨大な砂嵐を発生させた。

 魔法にはいくつかの属性が存在し、魔法式を上手く書き換えられるようになれば更に魔法に微妙な調整や追加効果、威力強化等付与させることが可能になる。その一例が今唱えた呪文である。

 しかしこの魔法は、大げさに見えて実はHPを一気に削るような威力が有る訳では無い。

 勿論ある程度はダメージを受けることになるが、それは彼らにとっては単なるオマケに過ぎない。

 正確には『一定範囲の聴力、及び視力を奪い敵の行動を制限する』という物、故に彼らが現在実行している作戦は、これを利用しルイスへ一気に襲いかかり短期で決着を付けるという物だった。

 予選大会、そして過去大会でも何度か、作戦として導入し何度か危機を乗り越えてきた。故に、この作戦はそれなりの信頼感があった。

 その時、三人は大地を力強く踏み込みそれぞれ一直線に三方向からラルフに攻撃を仕掛けるように突進する。

 彼らの勘が正しければ魔法の効果によって砂嵐の中心には確実にルイスは居る。仮に三人同時攻撃が決まればそのままゲームセットに持ち込めるだろう。

 『イケる――』今彼らの目には僅かな勝利の光が見えかけていた。

 今だ。と今まで経験した感覚を元に三人は同時に剣を振るう。

 しかし、現実はそう甘くは無かった。

「「「い、居ない――!?」」」

 そこにルイスの姿は無かった。

「馬鹿な、有り得ない!!」

 試合が始まってから既に三〇秒、魔法を詠唱されるまで三人は確かにルイスの姿を捕捉していた。場所がズレたというのは絶対に有り得ない。

 何故だ……?

 どうやって……?

 ヤツは今どこに……?

 三人は必死に辺りを見渡すも砂埃が視界を遮られ、話し声も聞こえず、体は風で煽られ飛ばされないように体を固定するのに精一杯だった。

 だがその時、リーダー格の男が咄嗟に察した。


 まさかヤツルイスは最初から『』を狙っていたのではないか、と……


 そう思った途端、声を荒げて仲間に呼びかけようとするも、砂嵐によってかき消され何一つ伝える事は出来なかった。やがて仲間を上手く視認することは出来なくなり砂嵐の中心に孤立していった。

 その瞬間彼は確信する。

 しかし、その時だった。

 ビュン!! と突如、砂嵐の中から風を切り裂くような高く鋭い音が鳴った。

 距離からして近いと感じたのか剣を音の鳴った方向に向け両手で構える。……が、時既に遅し。

 正面からの突然一筋の閃光が彼らを襲った。

「ガハッ……!?」

 仲間の苦しみによる喘ぎと共に一人、そしてまた一人と膝から崩れるように倒れていく。

「そんな、あんな簡単に……」

 その時、倒れた二人の間から一人の人影が姿を表した。

 肩まで伸びた銀髪は風に煽られ波打つ旗のようになびかせていた。この砂嵐の空間でも彼の淡白な肌と髪、そして虹のように煌めく二本の刀は砂嵐に負けることは無く彼に存在感を示す。

 ルイスは男に向かって口を開く。

『杜撰だねぇ、お粗末すぎるよ、この作戦の発案者誰だよ……ブチ殺すぞ』

「なっ……」

 彼の声が嵐の中で響いた。ハッキリと――

 それはまるでそれぞれ男性、女性の2人の声が入り交じったかのような声だった。また彼の片方の瞳はエメラルドグリーンに、もう片方は真っ赤に染まっていた。

 ルイスの向ける目付きは冷たく、まるで空間全てを凍てつかせるような侮蔑の視線が男に向けていた。


 やられた……


 男が真っ先に浮かんだ言葉は当にそれだった。

「うぅ……」

 その時倒れ込んでいた仲間の一人が呻き声を挙げる。

『あぁ、そういえばまだあの二人『』にしてなかったわ』

 ルイスは倒れてる二人へ振り向き、左手の逆手に持っていた短刀と右手の長刀を左手同様に持ち替え、強く握り、大きく振り上げ。そして――

 弱点とされる左胸に背中から二人同時に一本ずつ突き刺した。

「ガァァアアアアッ!!??」

 砂嵐の中でも響く断末魔、そして苦しみ藻搔もがく四肢。

 このゲームの仕様上、ダメージを受けた際の感覚は現実ほど痛みは無い、例えれば金棒でダメージを受けた場合は軽い玩具のプラスチックのバットで殴られたような感覚である。

 しかし、幾ら痛みが軽減されようが鋭利な物で刺されれば痛い物は痛い。

 刀で貫かれた者のHPゲージはみるみる減って行き――やがて数値は底を尽く。

 HPが0になった瞬間、その核石人種プレイヤーは風化し崩れる石像の如く形が指先から欠片のような物がポロポロと落ち、人としての原型は消失し最終的に丸い色づいた宝石のみが残った。

 この宝石は『核石セミ=クリスタル』と呼ばれる物で、核石人種プレイヤーが戦闘不能に陥った際に『死亡オブジェクト』として残る物で、俗に『石』と呼ばれている。

『これでよし……』

 二人が『セミ=クリスタル』になった事を確認し剣を抜いた、その時。

「うおおおぉぉぉ!!」

 ルイスの背後からリーダー格の男が両手で持っていた大剣を振り下ろす。

 ドン!! という音と共に衝撃波が発生する。真面に受ければ簡単に『セミ=クリスタル』にされてしまう程の威力だ。

 しかしルイスは直前に攻撃に気が付いたのか右に飛び跳ねるようにして回避した。

『危ねえな、ボクはスイカ割りのスイカじゃねぇぞ!?』

「何故だ……」

『あ?』

 疲れているのか、男は息を荒げながらルイスに問う。

「この空間でどうして、……通常エリアのように行動が出来る? お前は魔法の効果で動けないハズだ」

 それを聞いてルイスはニヤリと笑いながら答える。

『はぁ、じゃあと行きましょうか……』

 ルイスはため息を吐きながらそう言うと左手の短刀を鞘に仕舞い、その手の指をパチンと鳴らす。

 同時に、突然空間を舞っていた砂嵐は一瞬にして消滅し、代わりに観客に溢れた闘技場が姿を現した。

「なッ!?」

『【マッド・サンドストーム】って所か、仮に名付けるなら……ダセェけど』

「どう言う事だ……」

『まだ分からない? ならアンタの後ろを見ろよ』

 そう言われ、後ろを振り向くとその奥には二つの『セミ=クリスタル』が落ちていた。

「そんな……、いつの間に……」

 その二つの『セミ=クリスタル』の正体は後方で杖を持ち、味方の支援をしていた二人の物だった。

『味方が詠唱した魔法の効果は基本的に味方には干渉されない、つまり本来アンタらは魔法の効果は受けないはず。その時点で何故気付かない?』

「……まさか、お前。最初から――」

『ああ、詠唱略奪スティール・スペルだよ。本来アンタらが詠唱しようとしていた魔法を奪ってボクが詠唱させてもらった』

「馬鹿な、そうなら『消滅エフェクト』で詠唱者が気付くはず……」

『そんな物は承知の上よ。だから、詠唱が完成するを狙った』

 そう、魔法詠唱において言語詠唱コール=ルーン魔法式プログラム=ルーンの二つが詠唱完了した際に、その魔法が実行されるには魔法式プログラム=ルーンが消滅してから一秒程のラグが発生する。

 彼はまさに、その空いた空白の時間を狙ったのだ。

 詠唱略奪スティール・スペルは高レベルの核石人種プレイヤーでも真面に扱うことが難しいとされる魔法だ。しかし使いこなせれば強力な武器になる。この魔法はルイスの言った通り、詠唱中の魔法を奪うという反則染みた効果を持っており、過去に魔法が奪われたかどうか分かり難い事が問題視され、『詠唱中の魔法式プログラム=ルーンエフェクト』が付く下方修正が入った。

 しかし彼はそれ自体を利用したのだ。

『詠唱完了時の消滅エフェクトと詠唱略奪スティール・スペル時の消滅エフェクトはとても似てる。気づく訳が無い思うのには同情するよ』

『だけど――』

 ルイスは続けて――

『――アンタらは詠唱略奪スティール・スペルされたのも気付かずに「自分達が詠唱した魔法」と勘違いしてノコノコと砂嵐に飛び込んだ。それがボクの魔法だと見破れなかった時点で三流だよ』

 そうハッキリと言い切った。

 今この場で全てを悟ったルイスに太刀打ち出来る者は誰も居ないだろう。

『今なら、降参サレンダー受け付けるよ、どうする?』

「小僧の分際で我々が……この、バケモノめ」

 彼にとって降参サレンダーという選択肢は自身のプライドが許さなかった。それ故に彼の剣と視線はルイスから外れることは無かった。

『ほう、まだやる? 往生際が悪いねぇ。まあ諦めない事は大切だと思うけど――』

「黙れええええぇぇぇぇ!!」

 その直後、男は爆ぜるように前方へ飛び出した。

「死ねぇぇぇぇ!! 【頂天裂滅斬り】!!」

 自暴自棄に陥ったのか、声を荒げながら自身の最大の一撃をルイスにぶつける気だった。

 しかし、――もう遅かった。

『――そう来なくちゃ』

 ルイスは笑みを浮かべていた。

 まるで最初からそう来ることを予測していたのか、いつの間に右手の刀は鞘に収められ、前屈みに腰を落とし、鯉口を切り、柄に手を掛けその瞬間を待っていた。

 そして――

詰みチェックメイトだ。持ってけクソッタレが』

 抜刀。

 彼の素早く抜いた刀はまるで、弾丸のように速く――

 刃は男の胴へと入り――

 風を切る音と共に――


 試合の決着が着いた。

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