No.0-1(Vertical)

 10月27日午前10時頃

 それは突然の出来事だった。

「何じゃこりゃああああああああ!?」

 初心者プレイヤーが多く居る所謂初期街であるこの街『ミステルプランギ』、『大樹』の意味があるその街には中心に大きく聳え立つ大樹が街全体を枝葉が広く覆われていた。その大通りの中心に突っ立っていた一人の少年は、自分の能力ステータスを見て思わず驚愕してしまった。

「何で、嘘だろ? さっきまで俺……」

 彼の目の前に映し出されていたのは、一枚のメニューウィンドウだ。所持品、装備品の表示や、マップ等を確認する事において広く活用されている。

 その少年はメニューに書かれたあらゆる項目を指で左右にスライドしながら一つ一つ確認して行く。


 ――Lv1――


 表示されたそのたった3文字が今の彼に何が起きたのかを証明していた。

 装備の項目には明らかに初期装備と言えるような装備、布の服や、他には木剣の二つしか表示されていなかった。

 当然彼のステータスにはそのレベルらしい低数値が並べられていた。

「やっちまったやっちまったやっちまったぁ……」

 頭を抱え、そう嘆く少年。『こうなるなんて思わなかった』、今の彼の心を代弁するとすればこの一言が一番相応しいだろう。

 しかし元はといえばこれは、彼のほんのから起こった出来事だった。

 彼は今から数時間前の出来事を思い返す。



 10月26日午後8時頃

 この日以上に騒がしい日なんて存在しないと言っても良い。

 そこはまるでイタリアのコロッセオを彷彿させるような円形の闘技場であった。双方それぞれ向かい合う入場門、その真上には大剣を持った巨大な屈強な男の銅像が勇敢にそびえ立っていた。観客席には決戦を見守ろうと普段は滅多に埋まらないのにも関わらず満席であり、立ち見してまでも決戦を一目見ようと人と人で溢れ、またこの光景は島内にてオンラインで生中継され、同接数十万という驚異的な数字を叩きだしていた。

 突然会場内の何所からか、甲高い女性の声が響いた。

『オマエら、お待たせいたしました。ここに居る核石人種プレイヤーのオマエらは、今までこの瞬間を今か今かとずっと長い時間待ちわびていただろう? そんな寂しい時間ももうオサラバだ!! ――』

 この声の主は実況席にいる女性の声だ。毎年この人が実況、進行を務める。このイベントでは司会者、実況者とは程遠い言葉遣いには定評があり、ある意味一種の名物とされている。

『――さあ、今こそGPグランプリ6th決勝だァァァァ!!』

 彼女がそう高らかに宣言すると会場の観客席は更なる盛り上がりを見せた。

 『GPグランプリ』、それは年に一度行われるこのゲームの最強決定戦だ。毎年20万程の核石人種プレイヤーが集い自分の努力の集大成としてこの大会に臨む者は少なくない。GPグランプリはゲーム上の世界各地で事前に予選会が開かれ、数々の戦いにおいて勝利を積み重ねた者のみが立てる最高の舞台なのである。またこの大会には様々なスポンサーが付く為、優勝による景品も伊達ではないのである。

 闘技場の双方の入場門が開き、観客席に座っている者はここまで残った生き残ったそれぞれ最後のチームの名誉を称えるかのように拍手や楽器団による演奏等で選手を迎える。

 しかしその時会場が一部ザワついた。

 理由は単純だった。片方の入場門からは五人フルでのメンバーで現れたのにも関わらず、もう片方からはたった一人しかいなかったからだ。

 この大会や他の大会でも基本的に5人1組のチーム戦が主流である。勿論それ以下の人数でも参加することも可能ではあるが、あらゆるランカーは口を揃えてその行動は明らかに無謀と言われている。

 一人で現れた青年の名はルイス、余り関心の無い者にとってはどうでも良い話かも知れないがこのゲームのランカーを目指す者にとっては彼の名を知らない者は居ないと言って良いだろう。

 何故なら過去のGPグランプリでもたった一人で出場し無敗で優勝という全体未聞の大記録を打ち出し、かつての不可能とされてきた最難関ボスクエスト『神殺しの決戦ナグナロク=ウォー』を史上初めてクリアした張本人だからである。

 そんな完全無敵な彼を他のランカー達は揃って『孤独の神殺者』と呼んでいた。

 彼の装備はとてもシンプルな装備で、膝まで伸びた白いコートにエンチャントを付与したアクセサリー、そして腰に二本の刀のみという他から見たら明らかに人を舐めてる様な装備だった。

 対して5人のチームは甲冑や高クラスのローブという重装備で彼に相対していた。一見すれば明らかに総力差は天と地のようで、何も知らなければ集団リンチのようにしか見えないであろう。

 しかし、五人の表情は固まり、手や足は意識していないのにも関わらず小刻みに震えていた。

 それは決勝という舞台であるからという理由での緊張なのか――否、そうでは無い。

 リーダー格の甲冑装備の男が仲間に話し掛ける。

「怯えるな、ヤツは『孤独の神殺者』であっても一人の核石人種プレイヤーだ。いつも通りに戦えばヤツに勝てる!」

「だけど、分かってるけど……私怖いんです。去年も今年もあの人の戦い方は普通じゃない」

 ロットを持った長髪の女性はリーダー格の男に対して声を震えながらそう返答した。

 震えの正体は『恐怖』だった。故に彼らは過去大会でのラルフを知っているからこそ起こる精神状態だった。

「でも、もうやるしか無いんだ。ここまで来たからには、例の作戦でヤツを討つ」

「「「「はいっ……」」」」

 とんでもない貧乏くじを引いてしまった。と、五人はそう思いながら勝利という微かな希望を胸に抱きながらこの戦いに臨むのであった。

 対して、たった一人でこの舞台に上り詰めた軽装備の青年ルイスは被っていたコートのフードを外し、辺りを見渡す。

 彼にとってこの決勝での選手側から見る観客席の光景は一種の風物詩のような感覚だった。

「ようやくか、今年も長かったな……」

 まるで今までの時間が全部前座であると言わんばかりの彼の言葉はラルフ以外に耳にする者は居なかった。

 ルイスは腰に付けられた二本の刀を抜いた。

 その時、会場が一気にボッと燃え上がるような盛り上がりを見せた。

 理由は彼の装備する刀だ。刀身は虹のように色鮮やかな光沢が特徴的で、未だかつて無いほどのオーラが彼の周りを纏わり付く。

 その虹のように光り輝く物の正体はとあるアイテムが関係していた。

 『神の結晶クリスタル

 例の最難関クエスト『神殺しの決戦ナグナロク=ウォー』を攻略した者にのみ与えられる特別なアイテムだ。

 それと融合させた装備は他の装備と圧倒的なインフレとも揶揄されるような強化を誇るとされ、逆にそれを競売に掛ければ巨万の富を得られると言われている。

 しかもそのアイテムを融合させた装備が二本それぞれ両手に握られているのだ。

 故にその二本の刀は今の彼の強さを証明するには十分過ぎる物だった。

 そんな中、闘技場の至る所に『30;00』という文字のメッセージウィンドウが現れた。

 同時に、あのうるさい司会の女性の声が会場を響かせる。

『さぁーて、間もなく試合開始です。オマエら一緒にカウントダウンよろしく!!』

 そう言った直後その『30;00』と書かれたメッセージウィンドウはピッ、ピッと電子音を鳴らしながら一秒、そしてまた一秒と時間が減り始めた。

 残り時間が減っていく内に次第と周りの歓声もカウントダウンと合わせて『25、24、23』と一斉に声を挙げる。

 ルイスは首や肩、手首の骨を鳴らすように体を動かし軽いウォーミングアップを始めた。

 対する相手の五人は自慢の装備を握り締め、ゴクリと息を飲む。膝を少し曲げ、接近戦系の職の男は大きな両手剣をルイスに向け、開始の瞬間を待っていた。彼らから向けられるギラついた眼差しは一向にルイスから離れることは無い。

 ――そして、残り10秒を切る。

 ルイスは二本の内の短刀である一本を左手に逆手に取るように持ち、右手の刀を五人に向け体の重心を前方に傾ける。


 そして、ビー!! と対戦開始を告げるブザーが鳴った。


 その時、ルイスの身に異変が起こる。

 それはまるで立ち眩みのような物と似ていた。具体的には彼の視界はまるでゼリーのように歪み、向ってくるプレイヤーは二人、三人と分身しているかのように錯覚する。実際これでは立つ事だけでもやっとだった。

「これは……まさ、か?」

 彼にとって何かしら身に覚えでもがあるのだろう、まるで何かののように、黒い雲のようなモヤモヤとした物体がルイスの視界を侵蝕し始める。

「止め、ろ。この、タイミングで……」

 やがて、の意識はプツリと切られ闇の奥深くへと落ちていくのだった。


――――

――


 因みに、先程一人で大勢を敵に回すのは無謀であるといった趣旨の事を記したが、あの言葉には一つ続きがある。

 その提言は『ルイス』一人には通用しないと。

 





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