ナイトメア

@yamasiseven1028

ナイトメアの始まり

季節は春の事である。静かな町にある一家が引っ越してきた。浦西家である。浦西家は父の喜一郎、母の志保、高校三年生で受験を控えた長女の真理、高校一年生で優しく成績の良い大地、そして無邪気だが少し人見知りな真衣の五人家族だ。

「やっと普通の家に住めるな」と喜一郎は言った。実は浦西家一家はお金もなく、仕事もない。当然、普通の家に住むことは許されず、路上生活をしていた。真理は通信教育制の高校に通っており、大地は私立高校に入学金、授業料免除で合格したため、かろうじて高校に通えている。

しかし、そんな浦西家に幸運が訪れた。なんとかなりの格安の価格で普通の家が買えたのだ。この時の喜一郎は運が良かっただけだと思っていた。しかし、この家に住むようになってからその幸せを覆す程の不運な事が起こるのである。そう、悪夢のような事が現実に起こるのだ。

「近所に挨拶に行かない?」喜一郎はそう問いかけると、志保は「荷物とかの準備があるから明日、ゆっくり挨拶するよ。」と答えた。

しかし、外に出た喜一郎達は違和感を覚えた。家の周辺には隣に一軒あるだけで他に家はなく、誰も住んでいない。不思議に思う喜一郎達だったが、とりあえず隣の人にだけ挨拶をしようと思い、隣の菊田家のチャイムを鳴らした。家の中からは男の人が出てきた。

「すみません。隣に引っ越してきた浦西喜一郎です。引っ越しの挨拶に来ました。」「長女の浦西真理です。」「長男の浦西大地です。」そして喜一郎が「これからよろしくお願いします。」と続いた。

すると隣人はにっこり笑って「菊田武です。こちらこそよろしくお願いします。」と丁寧に返した。そして武は真衣に「君は何て名前なの?いくつ?」と聞いた。真衣はそれに答えず、髪の毛を触っていた。喜一郎が「武さん、こちらは浦西真衣という名前でまだ五歳なんです。人見知りであまり話さないんですよ。」と言った。すると武は微笑んで言った。「そうなんですね。真衣ちゃん、武です。これから仲良くしましょうね。」その言葉を聞いても、真衣は髪の毛を触ったままだった。

すると武は自分の家の方に向かって、「おーい。光。お隣さんが挨拶に来たぞ。」と声を張り上げた。菊田家から四十代くらいの女性が出てきて「初めまして。菊田光です。これからよろしくお願いします。」と笑顔で挨拶をした。そして喜一郎は先ほど疑問に思った事を聞いてみた。「どうしてこの家の周りには私達の他に誰も住んでいないのでしょうか。」

すると武は不気味に笑いながら「それはきっといつか分かるでしょう。それまで良い夢を見て下さいね。」と言った。

家に帰った喜一郎に志保は尋ねた。「お隣さん、どんな人だった?」「すごく感じが良さそうな人だったよ。」「そう。なら良かった。これから楽しくなりそうね。」「そうだな。」

子供達もこれから始まる新生活に期待していた。「家が買えたとはいえ無職は駄目だ。明日から就職先見つけるよ。」と喜一郎が言うと「父さん、頑張って。」と大地が言った。「ありがとう。大地は優しいな。」と喜一郎は返した。

二日後。浦西家に悲劇が起きた。「誰よ。こんな事したのは」志保の声が響く。家の庭に生ごみが捨てられたのだ。「これは酷い悪戯だ。」喜一郎が警察に通報しようとすると「いいよ。面倒な事になるだけだし。このような事が何度も起こったらその時に通報すればいいんじゃない?」と真理が止めた。喜一郎はそれに納得し、今の段階での通報は止めた。

一方、菊田家では怪しげな会話をしていた。「隣の家の庭に生ごみを放り込んでくれてありがとうございます。」「ふふふ。あの人達はいつまで嫌がらせに耐えることができるのか楽しみね。」そう、浦西家への嫌がらせは指示を出したのが武で実行したのが光だったのだ。

そして警視庁では連続宝石強盗事件について調べる中、二人の警部は別の事件について調べていた。吉田警部と安藤刑事だ。「吉田警部。本当に宝石強盗と五年前の通り魔事件、関係あるんですか?」「俺はあると思う。あの事件は五年前。そしてその直後に宝石強盗が多発した。さらに通り魔事件で殺された被害者の近くに残ってた黄色い花と宝石強盗の犯人が頭につけている花は同じものだ。だから何かしら関係していると思う。」「でもあの事件、謎ですよね。目撃証言0の未解決事件なんですから。」「あれは人通りが少なかったのと運が良かっただけだ。」「そうなんですか。でもあの事件の被害者の奥さん、かわいそうでしたよね。旦那亡くして相当暴れてましたし。」「俺はそうは思わない。なぜならあの女はあの事件の後、すぐに別の女と結婚している。なにか絡んでるはずだ。」「そうなんですか。そういえば吉田警部、その事件解決させたら退職するつもりって本当ですか?」「ああ。本当だ。この事件を解決させたらのんびりしたいんだ。全部、終わらせたいんだよ。」そう言って吉田警部は暗い表情で立ち去った。

一方、喜一郎は一番会いたくない人と出会っていた。元カノの吉川美優だ。「喜一郎君、久しぶり。大学以来かな。」「美優。偶然だな。どうしたんだよ。」「たまたまだよ。たまたまこの辺をふらふらしてたら喜一郎君を見つけただけ。」「そうか。俺、用事あるからもう帰るね。」「えー。せっかく久々に会ったんだしカラオケでも行かない?」「無理だよ。俺、今、就職活動中なんだ。忙しいんだよ。」「少しくらいいいでしょ。喜一郎君。」「わ、分かったよ。一時間だけだぞ。」

カラオケに行くことになった二人は受付の所で意外な人を見つけた。真理が男の人と一緒にいた。喜一郎は声をかけた。「真理。お前もカラオケに来てたのか。」真理は驚いていた。隣にいた男の人が言った。「真理さんのお父さんですか。僕、元彼氏の川原知輝です。」「あー。そうですか。真理がお世話になっています。」と喜一郎は笑顔で返した。真理は喜一郎に尋ねた。「隣の人、誰?」「あー。大学の時の同級生だよ。久しぶりに会ったから少し話してたんだ。そしたらカラオケ行こうってなって一時間だけ歌う事にした。」喜一郎は咄嗟に元カノという事を隠した。真理はその言葉を聞き、こう返した。「そうなんだ。でも私が元カレとカラオケ行ってた事、お母さんに内緒ね。」「分かった。黙っとくよ。」この会話の一部始終を武は隠れて聞いていた。

カラオケが終わり、喜一郎が家に帰ろうとして歩いていた時、誰かに呼び止められた。いかにもお金持ちそうな人である。「君、僕の仕事に協力してみない?一日でかなりの大儲け出来るよ。」「え?僕なんかを採用していいんですか?」「大丈夫だよ。口の堅い人なら誰でも。そのかわりこの仕事の事、誰にも喋るなよ。もちろん、君の奥さんや子供達にもね。」「それ、どういう事ですか?」「とにかく黙って言われた事をやるだけでかなりの金が手に入るんだよ。だいたい一回に百万位入る時もあるよ。どうする?その仕事、やってみる?」「そんなに入るんですか。考えときます。」「分かった。僕は阿久津寛。もし引き受けるならこの番号に連絡して。」そう言って電話番号が書かれた紙を渡された。「分かりました。」喜一郎はそれを受け取り、家に向かって歩き出した。その男はそれを見て笑っていた。

喜一郎が家に帰ると武がいた。そして真衣と遊んでいた。真衣は武と仲良く遊んでいた。真衣の手は髪の毛から離れていた。喜一郎は驚きを隠せなかった。人見知りな真衣が一日で心を開いているからだ。「武さん、真衣といつの間に仲良くなったんですね。」「ええ。遊んでたら仲良くなりました。」「でも凄いですね。真衣とすぐ仲良くなれるなんて。」「僕、子供の面倒を見るのが得意なんですよ。昔、子供を持っていましたから。」「え?持っていたって。」「今はいません。」武は悲しそうな顔をしてそう言った。喜一郎はなんとなく事情を察し、これ以上は聞かない事にした。そこに志保が声をかけた。「ご飯出来たよー。武さんも食べていきますか?」「いえ。僕はいいです。家族で仲良く食べて下さい。」武はそう答えて帰ろうとした。「武さん、バイバイ。」真理は武に声をかけた。「バイバイ、真衣ちゃん。また遊ぼうね。」武は笑顔でそう言って家を出た。

武が帰った後、喜一郎はもう一度、志保に尋ねた。「武さん凄いな。びっくりしたよ。どうやってあんなに真衣をなつかせたんだ?」その問いかけに志保は答えた。「特別な事はしてなかったよ。ただひたすら真衣と遊んでただけ。やっぱり子供に好かれる人って特別な何かを持っているのかもしれないね。」喜一郎は志保の解答に納得した。

その夜、喜一郎は貰った電話番号に電話した。「阿久津さん、先ほどお会いした浦西です。仕事、引き受ける事にしました。よろしくお願いします。」

翌朝。喜一郎は志保の悲鳴で目が覚めた。「何かあったのか。」「また嫌がらせよ。窓ガラスが割れた。」それを見て大地は言った。「流石に警察に言った方が良くない?二度目だよ。」しかし喜一郎は言った。「確かに俺もそう思うよ。でも俺は今日、用事があるんだ。だから次、嫌がらせを受けたら通報するよ。」そう言って喜一郎は家を出た。家の前には武がいた。「何かあったのですか?悲鳴が聞こえました。」「ちょっと嫌がらせを受けましてね。でもなんでもないです。これ以上酷くなったら警察に行きますから。」喜一郎はそう答えて阿久津の元に向かおうとした。それを武は引き止めてこう言った。「喜一郎さん。僕、昨日たまたま見ちゃったんですけどカラオケで一緒にいた女性は誰ですか?まさか浮気なんかしてないですよね?」喜一郎は驚いたが冷静に答えた。「してないですよ。あの人は大学の時の同級生です。」それを聞いて武は不気味に笑ってこう言った。「なら良かったです。もし浮気なら志保さんかわいそうですから。」

喜一郎は待ち合わせ場所に着いた。阿久津は十代の少女と一緒にいた。そして喜一郎に言った。「あなたの仕事はこの少女を成田空港まで送り届ける事だ。それだけで百万だ。」何が何だか分からない喜一郎だったが少しでも家族を養うお金を手に入れるため引き受ける事にした。

空港に着いてようやく事の重大さに気づいた。空港で待っていたサングラスの男が少女を飛行機の所まで連れて行った。喜一郎はそのサングラスの男から百万を貰ったがそのお金は使わない事に決めた。そして阿久津の所に戻った。「今のって人身売買ですよね?犯罪をするとは思ってませんでした。このお金は返します。そして警察に通報します。」と喜一郎は伝えた。しかし阿久津は「誰にも言わない約束だっただろ?それに警察に言ったらお前も捕まるぞ。長い付き合いにしようぜ。」と脅した。喜一郎は言葉が出なかった。

喜一郎は軽率な行動だったと後悔して家に向かう途中、またも偶然、美優に会った。「喜一郎君じゃん。また会ったね。今日も軽くどっか行かない?何処かで飲む程度。」美優にこう言われた喜一郎はすぐにその誘いに応じた。人間、弱った時に優しくされると弱いのだ。

ここは飲み屋。酒を飲みながら、美優と喜一郎は話している。「どうしたの?今日の喜一郎君、なんか変だよ。」「ああ。ちょっと色々とあってな。」「色々って何?悩み事なら聞くよ。」「仕事がなくて、早く金を稼がなきゃという思いから犯罪に手を染めっちゃったかもしれない。」「え?犯罪?何をしたの?」「昨日、たまたま出会った人から金を稼げるって聞いたから、指示通りの事をした。でも多分、あれは人身売買だと思う。」「え?人身売買?それはヤバイと思うけど何も知らなかったなら大丈夫だと思うよ。」「そうかな?もしそれが原因で逮捕されたら。」「平気だよ。だから元気出して。」その時、喜一郎の携帯に志保から電話が来た。「もしもし?どうした?もうすぐ帰るけど。」「すぐに聖都病院に来て。真理が誰かに殴られたらしくて怪我して大変なの。だからすぐに来て。」その言葉を聞き、すぐに聖都病院に向かった。

病室に入ると、そこには真理と志保がいた。「真理、大丈夫なのか?」「うん。少し入院する事になったけどたいして痛くはないし。」「そうか。なら良かった。」少し安堵する喜一郎に志保は冷たい目をして言った。「今まで何してたの?こんなに遅くまで。」「仕事を探したり色々してたんだよ。」喜一郎は犯罪に関わったかもしれないとは言えず、黙っていた。「そういえば真衣と大地は何処にいるの?」「大地は友達と出かけたよ。真衣は武さんとキッズルームで遊んでる。」それを聞き、喜一郎はキッズルームに向かった。武を見つけた喜一郎は声をかけた。「武さんも病院にいたんですね。真衣と遊んでくれてありがとうございます。」武は笑顔で答えた。「いえいえ。真理ちゃんが殴られたのを見た第一発見者でしたから。」「第一発見者だったんですか。犯人の顔とか見ました?」「見ませんでした。でも家の周りに不審な人物がいましたよ。この人です。」そう言って渡された写真には見覚えのある人物が写っていた。昨日、カラオケで真理と一緒にいた男の人だ。「え?この人」喜一郎は驚くと武は笑顔で言った。「見覚えありますよね。昨日あなたがデート中に真理ちゃんと一緒にいた男の人ですもんね。僕も昨日たまたま駅前にいたら真理ちゃんがいて、声かけようかと思ったら知らない人と一緒にいたんで止めました。でもこの人、カラオケに行きたくないって言う真理ちゃんを無理矢理説得してカラオケに行ったんですよ。だから真理ちゃんが心配で暫く見張ってたんです。」「そんな事されてたんですか。」「気づかなかったんですか。父親がそれに気づかないなんてどうかしてますよ。他人の僕でも気づいたんですよ?」「それは。」「今日も本当は昨日の女と遊んでたんですよね?やるべきことをちゃんと見極めて下さい。」武にそう言われた喜一郎はすぐに真理の元に向かった。「真理。昨日の男になんかされてるのか?」「え?どういうこと?」「武さんが言ってた。昨日、無理矢理カラオケに連れて行かれてたって。」真理は戸惑いながらも口を開いた。「一年前に急に別れようって言われて私は嫌だったけど川原君は絶対に別れたいみたいな感じだったから仕方なく別れた。だけどその後も外にいたら声をかけてきたり、遊びに誘ったりされて。川原君の事、嫌いじゃないんだけど向こうから別れを告げられたから少しこんがらがって。」「そうか。話してくれてありがとう。今度、その川原君の家に行こう。本人から話を聞けば何か分かるはず。俺も一緒に行くからさ。」「分かった。でも川原君、悪い人じゃないんだよ。優しいし。」「分かってるよ。その位分かるさ。」喜一郎は真理と川原の関係を自分と美優に重ねていた。

一方その頃、大地はヤクザ三人組とつるんで遊んでいた。

三日後。真理が退院したため、川原知輝の家へ訪れた。「川原君、私だよ。少し聞きたい事があるの。」真理がそう言うと家にあげさせてもらった。「話って何?」川原がそう聞くと、真理は尋ねた。「私と別れたはずなのにどうして私をカラオケに誘ったりするの?私の事、嫌いになったから別れたんだよね?なのにどうして。私は川原君の事、嫌いじゃないよ。だけど少しこんがらがって。どういう事なのか教えて。」すると川原は決まりが悪そうに答えた。「俺は真理の事、嫌いじゃないよ。でも真理は家の都合があったり、大学受験の勉強とかで忙しいと思ったんだ。だから仕方なく別れを告げた。でも俺はまだ真理の事が好きだったから、真理が用事なさそうな時に遊びに誘ったりしていたんだ。」「そうだったんだ。川原君、そんなに私の事を。」「ああ。ごめんな。悩ませて。」「大丈夫だよ。私も気づかなくてごめん。」「これからも用事が空いてる時は言って。俺はいつでも待ってるから。」「分かった。ありがとう。」二人の関係がいい感じに戻った所で喜一郎は聞いてみた。「三日前、真理が襲われたんです。あなたが近くにいたのを見かけた人がいて。犯人の顔とか見てませんか?」すると川原は怖い顔をして答えた。「実は見たんです。でも怖くて警察に話せませんでした。今から通報しようと思います。本当にすみません。」「いいですよ。誰だって犯人を見たら怖い気持ちは分かります。でも警察に話してくれるんですね。ありがとうございます。」

二日後。川原の目撃証言から真理を襲った犯人が捕まった。犯人は三十代の男で無差別に襲ったらしい。真理と喜一郎はお礼を言うため、川原の元を訪れた。「川原君のおかげで犯人捕まった。ありがとう。」「本当にありがとうございました。」二人のお礼の言葉を聞き、照れくさそうに「事実を言っただけですよ。」と言った。帰る時、玄関にハイヒールがあったため、真理は尋ねた。「どうしてハイヒールが川原君の家にあるの?」そう聞かれて川原は慌てて隠した。そして言った。「何でもないよ。じゃあね。」真理は少し不審に思っていた。

真理と喜一郎が二人で家に帰る途中、またも偶然、美優に会った。「喜一郎君。今日も会ったね。」喜一郎は元カノだとばれるのを恐れ、真理を先に返した。そして二人きりになった時、喜一郎は美優に助けを求めた。「この前話した人身売買の件だけどまた阿久津さんに仕事をするよう頼まれたんだ。その時はなんとか断ったけど、また頼まれると思うと怖いよ。あの人、麻薬も売ってるみたいだし。」喜一郎は自分の立場が危ないのを感じてだれでもいいから頼りたかった。だから優しくしてくれる美優に助けを求めたのだ。「大丈夫だよ。喜一郎君。この先、その人に関わらなければきっと大丈夫だと思うよ。」美優のその言葉に喜一郎は少し救われた。

一時間後。悩みを美優に話し、心が軽くなった喜一郎だったが大地が怒って「父さん、さっき一緒にいた人、誰?浮気してんのかよ。」と言った。喜一郎は慌てて「誤解だよ。大学の時の同級生で久しぶりに会ったから少し話してただけだよ。それにお前、見てたのか。」と言った。すると大地は「たまたま見たんだよ。どうせ浮気だろ。」と怒った口調で言い、壁を蹴って自分の部屋に入った。怒る大地を初めて見た喜一郎は衝撃を受けていた。

一週間後。悪夢はさらに悪化していた。大地は部屋に引きこもりっぱなしで喜一郎とはあれから喋っていない。さらに追い打ちをかけるように嫌がらせも続いていた。喜一郎が警察を呼ぶと驚きの言葉を口にした。「やっぱりお宅もですか。」「え?どういう事ですか?」「この周辺は嫌がらせが多いんですよ。だから皆、ここに住んでもすぐに引っ越したりここに住みたがらないんです。」「そうだったんですか。じゃあ隣の菊田さんもその被害を?」「いや、それがその犯人が隣の菊田家の奥さんなんじゃないかと言われてるんです。」「え?本当ですか?良い人ですよ。」「旦那さんは気さくな人だと言われていて評判は良いんですが奥さんはかなり病んでるみたいで。証拠不十分なので断定は出来ませんが何か気になる事があったらすぐに教えて下さい。」警察はそう言って帰っていった。喜一郎は外に出た。家の前には武がいた。「嫌がらせ、されたんですか?」「どうして知っているんですか?」「ここまでは今まで通りです。」と武は不気味に笑った。喜一郎は「その犯人、あなたなんですか?」と返した。武は不気味な笑みを浮かべて「だったらどうします?それよりこれを見て下さいよ。」と言われ武から一枚の写真を渡された。それは大地が本屋で本を鞄に入れてる所の写真だ。武は「これ、万引きですよね?警察に通報したら逮捕されますね。」と脅した。喜一郎は表情を変えて家に戻った。「大地。この写真はなんだ。お前、本屋で万引きしたのか。」大地はそれを聞いて声を荒げた。「は?万引きなんかしてねーよ。馬鹿じゃねーのかクソ親父。」「でもこの写真が。」「うるせー。疑ってんじゃねーよ。」大地は暴れてカッターで壁を切り出した。志保が「止めて。」と止めるが暴れる一方だった。喜一郎も「おい大地。浮気の事はお前の誤解だと言っただろ。他に何が気に入らないんだよ。」と言うが大地はさらに暴れた。「黙れ。お前が今、疑ったんだろ。万引きなんかしてねんだよ。うわーー。」真理は真衣を連れて別の部屋に逃げ出した。大地は叫びながら家を飛び出した。残った志保が喜一郎に言った。「あなたは自分が被害者だと思ってるのかもしれないけど違うからね。あなたが原因なの。あなたが疑われるような事をするから。」それを聞き、喜一郎はショックを受けた。「俺が原因ってどういうことだよ。俺が全部悪いって言うのかよ。そもそもあんなに良い子だった大地が急に暴れること自体おかしだろ。」そう言って喜一郎も家を飛び出した。家の前にはまだ武がいた。「どうしたんですか?まさかさっきの写真を万引きだと思い、大地君を問い詰めたら逆キレされてさらに志保さんにも喜一郎さんのせいにされて落ち込んでるんですか?」「何で知ってるんですか?あなたはなんのために僕達に関わるんですか?あなたの目的は何ですか?」「目的ですか。それを知る前にやる事があるんじゃないんですか?」「どういう意味ですか。正直あなたの相手してる程、暇じゃありません。もう関わらないでもらえますか?」喜一郎はそう言って走って逃げた。走る喜一郎を武は睨みつけるように見ていた。

喜一郎は公園まで走った。しばらくするとそこに阿久津が来た。「あ、浦西さんじゃん。今日は暇そうだね。薬を売る仕事手伝ってよ。一人じゃ無理だからさ。」「嫌です。もう犯罪には手を染めたくありません。」すると阿久津は言った。「何、被害者ぶってんの。あんたももう加害者じゃん。もうこっち側の人間なんだよ。逃げれるわけないからね。」喜一郎は逃げた。どこに行くかは決まってなかったがとりあえず走った。とにかく走った。今までの怒りや悔しさをぶつけるかのように走った。「これは夢だ。悪夢だ。だから早く覚めてくれ。」と願いながらとにかく走っていた。

喜一郎ははしり続け、空き倉庫までたどり着いた。そこで驚愕の光景を目にしたのだ。大地がヤクザに暴力を振るわれていた。すぐに止めに入ろうとしたが武に止められた。「止めろ。今、行った所でお前も暴行を受けるだけだ。」「でも早く止めないと大地が。」その言葉に武は目くじらを立てて言った。「笑わせんな。お前は大地君がいじめられてる事に気づかなかった。僕はあなた達が引っ越して来た時から知っていた。たまたま目撃したの。すぐにお前に知らせようかと思ったけどお前は知らない女とデートしていたんだよ。お前がもっと早く気づいていればここまで酷くならなかったかもしれない。大地君はずっと苦しんでいたのにお前は外で女と遊んでいた。だから大地君はお前に失望して心を閉じたんだよ。」「俺は遊んでなんかいない。」「そうやって自分を正当化する事に必死だから大地君は暴れたんだよ。お前は父親失格だよ。」その言葉に喜一郎は返す言葉がなかった。そして武はヤクザ達に向かっていった。武は空手黒帯だ。ヤクザ達を全員追い払った。喜一郎はすぐさま大地に駆け寄り、「大地、ごめん。いじめに気づかなくて。万引きもヤクザ達に言われて仕方なくやった事だったんだな。疑ってごめん。」と言ったがこの言葉に大地は激怒した。「疑ってごめんってまだ疑ってるじゃん。俺は万引きなんかしてない。命令されて断ったけどやらないと暴力を受ける一方だった。でも流石に万引きはしたくないから万引きしたふりしてこっそりお金を払ってたんだよ。」「そうなのか。本当にごめん。」何度も謝る喜一郎に大地は「今さら遅いよ。」と呟き、その場を後にした。

一方その頃、警視庁では宝石強盗について進展があった。店の防犯カメラから犯人が犯行時、履いていたハイヒールが分かり、さらにそれはこの世に十個しか販売されてない限定品だった。「警部。これが容疑者リストです。」そのリストを見た吉田警部は二人の人物に目をつけた。「川原知輝って奴と菊田光が気になる。」「どうしてですか?」「川原知輝は男だろ?単純にハイヒールを買うかなって所だけだ。本命は菊田光だ。」「もしかしてこの菊田光って五年前に通り魔で自分の旦那を亡くした原田光さんですか?」「ああ。そうだ。自分の旦那を亡くしてすぐに菊田武と結婚している。」「それはどういう事ですか?」「もしかしたら旦那を殺したのは光かもな。全ては計画の上だったのかもしれない。」「そうですね。じゃあ聞き込み行きますか?」「まずは川原知輝を探ろう。」

ピンポーン。川原の家に警察が来た。「川原知輝さん、実は宝石強盗が持っていたハイヒールと同じ物を持ってるみたいなので。それを見せてもらえませんか?」「これですけど。」川原は玄関にあったハイヒールを見せた。それはこの前、真理が発見したハイヒールだった。「これはかなり高いハイヒールですよ。しかも女性物です。どうして持っているか教えてもらえませんか?」「必死でバイトして買ったんですよ。」「それは」

二時間後。喜一郎は一人で公園で今日の自分のどこがいけなかったのか今までの自分のどこがいけなかったのかを必死に考えていた。そこに吉川美優が現れた。「またあったね。今日も何かあったの?私に出来る事なら何でも相談して。」そう言われた喜一郎。いつもの喜一郎ならその優しさにまいって悩みを話したはずだ。しかし武に父親失格と言われた後の喜一郎の反応は違った。「ごめん。美優には話せないよ。俺の妻は志保だ。何かあったら志保に話す。だから美優には話せないし、もうこれ以上、俺と関わらないで欲しい。」そう言って美優の元から立ち去った。

菊田家ではニュースがかかっていた。連続宝石強盗事件の犯人を状況証拠やハイヒールから菊田光と断定したというニュースだった。そのニュースを見た光は「わ、私が盗んだとばれた。やばい。どうしよう。私、捕まるのかな?」とかなり怯えていた。それに対して武は「そろそろ潮時だな。」と不気味な笑みを浮かべていた。

一方、美優の誘いを断った喜一郎は家に帰るのが気まずく、野宿していた。しかし誰からも心配の電話は来なかった。

翌日。志保から喜一郎に電話がかかってきた。しかしそれは心配の電話ではなかった。「私、人を殺しちゃった。」その言葉に喜一郎は唖然とした。「え?どういう事だ?何があったの?」「いきなり家にナイフを持った人が入ってきたの。顔はマスクで隠されていて声も機械で変えられてて誰かは分からなかった。だけどその人が子供達を殺すと言って本当に刺そうとしてた。だから私、怖くなってその人を後ろからナイフで刺した。そしたらその人、死んじゃってマスクの中の顔を見たら光さんだったの。大地が光さんがナイフで脅してたのをたまたまビデオで撮っててそれを警察に見せたらまだ確定ではないけど正当防衛が成り立つ可能性が高いって言われた。でも武さんに申し訳なくて。」と泣きながら志保は喋った。「すぐに家に戻るから。」そう言って喜一郎は急いで家に戻った。

家に着いたら志保が謝っていた。「ごめんなさい。光さんを殺してしまって。」「先にナイフで脅したの光ですし嫌がらせや殺人や宝石強盗もしていたみたいですから謝るのはこっちですよ。すみません。」それを聞き喜一郎が聞いた。「嫌がらせも宝石強盗も光さんだったんですか?それに殺人って何ですか?」「五年前に自分の夫を殺してたみたいです。僕と光は五年前に光が路上で弱ってる時にたまたま出会いました。僕はそんな光を助けたい、力になりたいと思って結婚しました。おそらくその時、旦那を殺した事で精神的に病んでたんだと思います。それで宝石強盗や嫌がらせをしたんだと思います。僕は近くにいてそれに何も気づかなかった。僕の妻が本当に申し訳ありませんでした。」武はそう言って深く謝罪した。

そこに別の警察が来た。「喜一郎さん、阿久津寛さんが人身売買と麻薬売買の件で逮捕状が出たんです。もう分かりますよね?あなたも署までご同行願います。」志保は「どういう事?」と聞くが喜一郎は「大丈夫。何かの間違いだから。」と言い、家を出て行った。

数時間後。喜一郎は家に帰ってきた。志保が「どういう事なの?説明して。」と言った。喜一郎は重い口を開いた。「俺が仕事を探してる時に阿久津って人に声をかけられて、一回で百万貰えるって聞いたからその話に乗った。だけどそれは人身売買だったんだ。俺はその時の犯罪をしたっていう絶望感から我を失っていた。だから偶然、再開した大学の時の同級生に優しくされてつい悩みを打ち明けたりしていた。誤解させてごめんな。大地。」「こっちも暴れすぎた。ごめん。それで父さんはどうなるの?その阿久津さんって人は捕まったの?」「俺は騙されてた事もあって今回は厳重注意だったよ。阿久津さんは逮捕状が出てるけどまだ逃げてる。」そこに真理が手に盗聴器を持ってやってきた。「おい。真理。それ、どっから?」「コンセントの所に仕掛けられてた。でもこの家に入った事ある人って警察の他に武さんしかいなくない?」それを聞いて喜一郎は隣の菊田家に向かった。「武さん。聞きたい事があるんです。この盗聴器、仕掛けたのあなたですよね?僕の家の事、よく知ってましたし。嫌がらせだって知ってたのに嘘ついたじゃないですか。」武は不気味に笑って言った。「そうですよ。その盗聴器を仕掛けたのは僕です。それに嫌がらせの指示だって宝石強盗の指示だって僕が出しました。」「どういう事ですか?うちに何の恨みがあるんです?」「浦西家に恨み等ありません。今まで僕の家の近くに住んでた家族に嫌がらせの指示を出して追い出してきました。」「光さんを操ってたんですか。全部、武さんが仕組んでたんですね。」「いや、僕一人じゃないよ。一人じゃ全部は無理でしょ。」

一方、警視庁では吉田警部の部下が言った。「これで全部分かりましたね。原田光は五年前に旦那を殺した。しかし運良く目撃者がいなく、逮捕されなかった。そして自分を優しくしてくれた菊田武と結婚した。だけど旦那を殺した罪に耐えられず、宝石強盗や嫌がらせをしていた。だけど昨日、宝石強盗の犯人が特定された事をニュースで知り、頭が真っ白になり隣の浦西さんを殺そうとした所、返り討ちにあった。こういう事ですよね。」「表上はそうなっているな。」「え?表上はってどういう事ですか?」「おそらくそれは黒幕が仕組んだシナリオだ。そいつは光を利用し自分の目的を達成させようとした。俺はそいつが武だと思ってる。」「え?武が光を利用しているって事ですか?」「ああ。そうだ。多分、武には協力者がいる。俺の推理が正しければそいつの見当もついてる。」「え?一人じゃないんですね。」「一人で全部は無理でしょ。」

翌日。窓ガラスが割れていて真衣がいなくなってた。机の上に「真衣は誘拐した。返して欲しければ二億用意しろ。警察に知らせたら真衣を殺す。」と書かれた手紙があった。志保が「真衣。真衣ー。」と取り乱した。喜一郎が「落ち着けよ。用は警察に知らせなければいいんだ。」と言った。だけど志保が「何でそんなに落ち着いていられるの?自分の本当の子供じゃないから?」と言った。喜一郎は怒った口調で「それは関係ないだろ。確かに三人とも俺の本当の子供じゃないけど本当の子供の様に育てる。そう決めて二年前、結婚したんじゃないか。」と言った。「そうだけどやっぱり血が繋がってないから真衣が誘拐されても落ち着いていられるんでしょ。」と志保が言った。実は喜一郎と志保は二年前に結婚したのだ。大地達の父親の会社が倒産し、離婚した。そして路上生活中に喜一郎と出会い、息が合い結婚したのだ。「違うよ。でも真衣を助ける為にはまずは落ち着く事が大事だろ。犯人に警察に伝えた事をばれずに警察に伝えればいいんだよ。」「そんな事出来るの?」「出来るよ。まずは犯人が何処にいるかを突き止めて真衣を取り返す。その様子を志保が動画におさめといてくれ。それが証拠になる。」

警察にも連絡し近くを調べた結果、真衣がいる場所を突き止めた。喜一郎はそこに警察から借りた身代金を持って助けに行った。そこで犯人の顔を見た喜一郎は酷く驚いた。そこにいたのは阿久津寛だった。「阿久津さん?どうして真衣を?」「はははは。身代金持ってきたか?」「持ってきました。阿久津さんは武さんと繋がってるんですか?あなた達の目的は何ですか?」「は?何言ってんの?俺はただ人身売買と麻薬売買がばれたから海外逃亡の金が欲しかっただけだよ。元から殺す気なんてない。二億持ってきてくれたからもう返すよ。」真衣が帰ってきた瞬間、志保が呼んだ警察が駆け寄って阿久津を逮捕した。「騙したな喜一郎。」阿久津は喜一郎を睨みつけながら警察と歩いて行った。喜一郎は悪夢はもう終わったと思っていた。しかしまだ終わってなかったのだ。

裁判の日。浦西志保に下された判決は正当防衛だった。

その夜。喜一郎は喜びの気持ちから「正当防衛が認められて良かったな。これでまた安心して元の生活に戻れる。」と言った。しかし志保はこの時、背筋が凍る程の驚きの言葉を口にする。「ええ。本当に良かった。喜一郎さん、二年間ありがとうございました。」突然の別れの挨拶に喜一郎は驚いて聞き返した。「え?どういう事?二年間ありがとうございましたって。これからもずっと一緒に暮らしていくだろ?」「いいえ。あなたとは今日をもって離婚する事に決めました。離婚届も書いてあります。」「どうしてだよ。何か理由でもあんの?」そこに武が入ってきた。「武さん?どうして。」「僕は妻である光に一億円の保険金をかけてました。そして光を殺してその保険金を手に入れました。」「え?光さんを殺したのは正当防衛が認められた志保ですよ?」「はい。でも保険金って受取人が殺した場合、おりないんですよ。だから世間上は志保が殺したという事にしました。」「どういう事ですか?説明して下さい。」「光はあの事件の少し前に僕が殺していたんです。そして一旦、死体を隠して僕がマスクをして光のふりをしてナイフで脅してました。そこを後ろから志保にナイフで刺してもらいました。もちろん、僕は防弾チョッキを着ていて身を守り、動画に写っていた血は血のりです。そして僕が刺されて死んだふりをして倒れた所で動画を止め、志保と大地と真理で死体を運びました。流石に真衣はまだ小さいので別の部屋で待機させました。つまりこれは正当防衛に見せかけた保険金殺人だったのですよ。」「どうして志保達も協力したんだ。ばれたら捕まるぞ?」喜一郎の問いに志保は答えた。「ばれないよ?あなたが証言しない限り。私達が普通の家で普通の生活をする為にやったの。一億あれば出来るでしょ。」「私達って俺と志保の事か?」「違うわよ。私と武と真理と大地と真衣の五人よ。」「は?意味分かんないよ。何で父親の俺と別れて別の男と暮らすんだ。」「別の男?武は大地達の本当の父親なんだけど。」「え?本当の父親?」「そうよ。五年前に会社bが倒産して借金まみれになったの。だから私達にはお金が必要だった。」武が口を開いた。「そして考えたのが保険金殺人だ。今回の計画に必要だったのは二つの家と志保の夫だ。まずは救いのない病んでる犯罪者を探す事から始まった。そしたら偶然見ちゃったんだよ。光が人を殺してる所。運良く光が捕まらなかったから僕は光を利用する事を考えた。借金を返済するため、そして家を買うために光に宝石強盗をさせた。盗んだ宝石をお金に換えて借金を返済し、今の家を買った。そして次の計画は隣の家を格安で売れるようにする事。そのために光に隣に住んでる人に次々と嫌がらせをさせた。安く売れるまで。そして値段が下がった頃に志保に適当なホームレスを見つけて結婚させた。それがお前だっただけだ。そんで最後は精神的にもう終わってる光に全ての罪を着せるためわざと限定品のハイヒールを履かせて警察の目を向けさせた。宝石強盗の犯人が特定された時、ついに計画を実行にうつす時が来たと思ったよ。後はさっき言った通り、トリック動画を作り、光を殺し保険金を手に入れたんだ。」武の言葉を聞き、喜一郎は人生で最大のショックを受けた。「し、志保も知っていたのか。ずっと俺を騙してたのか。」「そうよ。私達家族が元の生活を取り戻すためにはそれしか方法がなかった。」「だからって人を殺していいわけないだろ。」「だから既に人を殺した人を利用したのよ。流石に何もない人を利用しないわよ。」「警察に通報する。」喜一郎がそう言った瞬間、「止めろよ。俺達の人生、滅茶苦茶にするつもりかよ。」と大地が怒鳴った。真理も続けて「そうよ。母さんや私達の事、少しでも大事に思ってたら、守りたいって思ってたら私達の幸せの邪魔をしないで。」と言った。そして武はこう言った。「これは最終手段だったんだ。確かに今までやった事は全て計画通りだったよ。でももしお前が真理の元カレの件や大地のいじめの件に気づいていたら俺はお前を大地達の父親と認め、自首しようかと思った。だけどお前は違った。俺はお前がここに引っ越してくる前から真理の事も大地の事も気づいていた。別れてからもずっと大地達を見てきたんだ。最初はお前を父親として試してた。でもなかなか父親らしい事をしないから今回、計画を実行にうつしたんだ。」武の言葉に喜一郎は声が出なかった。その時、大地が言った。「確かにあんたはいじめに気づかなかった。最低だと思ったよ。でも俺も浮気だと勘違いしてごめん。八つ当たりしてごめん。そして二年間父親として俺達を支えてくれてありがとう。それは本当に感謝している。」この言葉に真理も続けた。「喜一郎さん、いやお父さん。血が繋がってないのに今まで私達を見守ってくれてありがとう。でも本当のお父さんは武なの。ごめんなさい。」さらに真衣も言った。「パパと別れちゃうの?」この問いかけに志保は答えた。「そうよ。でもね、真衣の本当のお父さんは武さんよ。だからこれからは武さんと暮らすの。喜一郎パパに今までありがとうさようならって伝えて。」志保にそう言われ真衣は言った。「パパ、今までありがとう。さようなら。」喜一郎は三人の言葉に涙が出た。「喜一郎さん、二年間本当にありがとうございました。あなたが少しでも私達の事を愛していたのなら今回の件は黙っておいて下さい。正当防衛という事で闇の中にしまっておいて下さい。」志保にそう言われ喜一郎はある覚悟を決めた。結局ここで警察に通報しても誰も幸せにはならない。だけど黙っていたら志保達は幸せに暮らせる。喜一郎は黙ってる事に決めた。「分かった。本当はずっと一緒にいたかったけど諦めるよ。お前達は本当の父親と暮らす方が幸せみたいだし。お前達が幸せに暮らして欲しい。だからそのために自分を犠牲にする。お前達と別れるよ。さようなら。元気でな。」そう言って喜一郎は志保達の前から姿を消した。

その夜、喜一郎は号泣した。その涙にはずっと志保達に騙されていたという悔し涙と最後に初めて父親らしい事が出来たという嬉し涙が混ざっていた。

一か月後。路上でホームレス生活している喜一郎に吉田警部と部下が訪れた。実はこの二人の刑事は志保達がやった完全犯罪に気づいていた。「以上が私の推理だ。しかしこれを決定づける証拠がない。そこであなたに話を聞きたい。あの事件の後、すぐにあなたと離婚して武と再婚したんだから私の推理は間違ってないはずだ。後はあなたの証言次第で起訴できる。だから教えて下さい。」この質問に喜一郎は迷いなく答えた。「その推理は違います。事件の真相は裁判で明かされた通りです。何も隠していません。離婚したのはあの事件をきっかけにお互いギクシャクしてしまったからです。」この反応に吉田警部はかなり驚いたがすぐにいつもの表情に戻した。そしてこう言った。「そうですか。私の負けです。もうあなたの前に現れないんで安心して下さい。」吉田警部はそう言って立ち去った。「吉田警部が推理外すなんて珍しいですね。今から菊田さんの家に行きますか?川原さんがハイヒール持ってた理由を真理さんに話したいんですが。」「お前、馬鹿か。川原は真理が大学受験に受かった時用にわざわざ限定品買ってサプライズで渡したいって言ってただろ。それを喋ってどうする。」「確かにそれもそうですね。」「それに俺の推理は外れてない。合っている。だけど喜一郎が真実を闇の中に隠したんだ。志保達を守るために。だから俺は今回に限って見逃す事にした。そもそも喜一郎が喋らなければ起訴できないわけだ。」「じゃあ何で喜一郎さんは志保さんを庇ったんでしょうかね。騙されていたのに。」「騙されていたけど、自分を犠牲にしてまであの家族を守りたかったんじゃないか?俺はその喜一郎の愛情に負けを認めたんだ。」

そして喜一郎はふと考える。「路上生活と騙されていた二年間、どっちが悪夢なんだろう。」と。その答えは出す事が出来ない。それでも喜一郎はこの先にある微かな希望を信じて前向きに歩いている。

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ナイトメア @yamasiseven1028

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