第7話:異世界で朝食を
「……不幸と幸福の違い?」
「いいえ。不幸と幸福の
彼は意表を突いたところか攻めてくる。
おかげで美蘭は、先ほどからとまどってばかりだ。
「不幸って、賞味期限が長いんですよ」
「……はい?」
そして、どこか突飛。
だからなのか、つい彼のペースになってしまう。
「時間が経っても、不幸はなかなか味が落ちないんです。小さい頃の不幸は、大きくなってから思いだしても、ちゃんと痛みを味わえる。味が薄まるのに時間がかかる」
「…………」
「でも、幸福は賞味期限が短いんです。時間が経つと、残るのは『幸せだった』『楽しかった』『嬉しかった』という単なる記憶だけ。その記憶を呼び起こしても、その時と同じような感情の高鳴りは、あっという間に味わえなくなる」
「……つまり、幸福と不幸が同じぐらいあっても、不幸が勝ってしまうということ?」
「ええ。美蘭さんはさっき『いいことなど何もない』と言っていましたけど、あったとしても人間はただ生きていると、不幸な気分になりやすいんです。不幸の方が幸福より味が濃いんですよ」
「……なら、やっぱり死んだ方が救われるじゃない」
それは20年以上生きてきて、美蘭が他に見いだせなかった結論。
彼女にとって、絶対の真実。
しかし、彼女はふと考える。
なぜ自分は、それを語っているのだろう。本当に自分にとっての絶対的真実ならば、他人にどう思われようと意味のないことだ。他人に語る意味などないのだ。
それなのに、彼女は語ってしまう。あまつさえ、ホークの答えを待ってしまう。
逆説的に言えば、内心で絶対だと思っていないと言うことだ。
ならば、求めているのは、肯定? それとも否定?
「うーん。『死んだら楽』は苦労が終わるのでわかるのですが、『死んだら救われる』というのはおかしいんです。死んだら
「苦労が終わったことで救われたんじゃない?」
「それは都合がいい見方です。言い方を変えれば、『最後まで苦労して死んだだけ』でしょう。生前の苦労が報われたわけではないし、未来もなくなっているから、これっぽっちも救われてませんよ」
身も蓋もないホークの言葉。
彼が語る真理は、どこか「人」という枠からはずれて観察している気がする。
人である美蘭には、通用しない感覚。
だが、それがむしろ彼女に新鮮さを味わわせる。
「でもね、不幸と幸福には、もうひとつ違う性質があるんです。……あ、紅茶のおかわりどうぞ」
そう言われて、ついコップをホークに渡しておかわりをもらってしまう。
そしてそれを口にする。
香り高く温かい紅茶が、咽喉を通って胃の中から体全体を温めてくれる。
「美味しいですか?」
ホークの言葉に、「ええ」とうなずく。
「美味しいと幸せな気分になりますよね」
「そうね……」
「そこが不幸との違いです」
「……え?」
ホークがこちらを向き、今までと違って少し優しく微笑する。
「不幸は、意図的に作りだせないんです。意図的に作りだしたら、それは不幸ではなく自業自得ですからね。でも、幸福は意図的に作りだせるんです」
「自分で……幸福を作り出せる……」
「はい。きれいな景色を見る、美味しい物を食べる、楽しい会話をする……それは小さいかもしれません。でも、いくらでも幸福感を作りだせるんです」
「……でも、不幸に負けるかも知れない」
「ええ。所詮はコインの表と裏。もうコイントスしたくないなら、確かにやめるのもいいでしょう。でもね、必ずではないにしろ、
それは問題のすり替えのようにも感じられた。
結局は博打。しかし同時に希望の
違うのは、「生きていれば、いつか勝てる」ではなく「たとえ負けながらでも勝ちとりにいく」ということ。
「ところで、明日の朝食なんですけど」
突然の話題転換。
美蘭は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で「へっ?」ともらす。
「明日の朝食の話ですよ。実はちょうどその時間、214年ぶりの自然現象で海の上を美しい妖精たちが舞う姿を拝みながら食事できるんですよ。さらになんと、滅多に手に入らない幻の魚が手に入りまして。朝食のメニューには、そのムニエルが並びます。加えて、この辺りでは珍しい最高級の金色の卵を使った、ふわとろのオムレツ。あ、そうそう。12年に1度しか実らない果実のジュースが、ちょうど今年は飲めるんですよ。さっぱりした桃ジュースのような感じでしてね。もちろん、朝食に出してもらうことにしました」
「こ、このタイミングで盛りに盛った飯テロは、ずるくないですか……」
もうすぐ夜明け前。
これだけ体が目覚めていれば、夜中でも腹が食べ物を求め始める。
「これが仕事ですから。私は、
「うぐっ……」
「よろしければ、一緒に
ランタンの光に浮かぶホークの自信たっぷりの笑みに、美蘭は抗うのをあきらめた。そして夜の浜辺に響きわたる大声で、泣きながら笑ってしまう。
この男とここで会話した時点で……否、彼に
そして彼にかかれば、そのコインがどちらになるかは確定してしまう。
過去の不幸や、今の苦しみがなくなったわけではない。
ただ、目の前に少しだけ幸福が現れただけ。
それなのに、どうしてこんなに嬉しいのだろうか。まだ死ななくていいと思えるのだろうか。
「まるで、詐欺師に騙されたようだわ」
「はい。その通りですよ」
美蘭が「
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