第5話:全知の世界で全能を

 それはまるで、地面から闇が盛り上がったかのようだった。

 突然、バシャバシャと波間にいくつも瘤ができあがり、あっという間に100を超える立ちあがった影となる。


 反射的に、美蘭はライトの光を向けた。


 闇の海辺に丸く切り抜かれた光。

 そこにいたのは、彼女が今まで見たことがない生物だった。

 いいや、見たことはあった。ただ、現実ではなく漫画やアニメの中。

 全身の鱗、魚の顔、腕や脚についたヒレ、そして片手に持つ銛。まさに物語で魚人、半魚人と呼ばれていた者たちにそっくりだった。

 彼らは予想外に向けられた明かりに驚いたのか、水が滴る腕で目を隠して固まっていた。


「――ひいっ!」


 美蘭は思わずひきつった声をだして尻もちをつく。

 それをトリガーにしたように、魚人の1人が美蘭へ銛を投げ放つ。



(――あ……死ぬんだ……)



 刹那、時間が緩慢に流れ始める。

 死の予感。

 ライトに照らされ、迫る銛の鏃が返す鈍い光まで感じられる。

 ああ、これから走馬灯でも見るのだろうか。


 だが直後、ヴォンと風を斬る音が目の前に割ってはいる。

 それはそのまま、美蘭の正面にそそり立つ。


(……なに!?)


 飛んできた銛をたたき落としたのは、なんと大きな両手剣。

 幸いにも手放さなかったライトの光が当たると、驚くことにから鍔、とにかくすべてが金色。そして刃部分に、まるで血管のように赤いラインの脈動があった。


「戦略拠点を造りに来た、ヘルメス公国の奇襲先遣部隊の方々ですね」


 その声の主はランタン型のライトを片手に、横の方からゆっくりと砂をならして近づいてくる。

 まちがいなく、ホークであった。

 砂場だというのに深々と突き立った黄金の剣の横で、彼は美蘭を庇うように背を向ける。


「異世界の国政への介入は禁止されてはいますが、お客様に手出しさせるわけにもいかないのです」


 しかし、魚人たちは問答無用だった。

 十数人の魚人たちが、銛を投げつける。


「詮無きこと……」


 ホークが片手で払うようなジェスチャーをする。

 するとその動きに同期するように、黄金の大剣が空中を舞って銛をすべて薙ぎ落とす。

 バギッという音がいくつも夜の浜辺に響いていく。


「――!?」


 その様子に、魚人たちが恐れおののいた。

 むろん、美蘭も驚く。


「持ってないのに剣が……動いた……」


「ええ。逆にあの剣、重すぎて私には持てないのですよ」


「自分の剣なのに持てないの!? 貧弱なの!?」


「貧弱とは酷いですね。まあ、その通りですが、持つ必要はありませんし……。さあ、【全知の守護者クリュー・サー・オール】!」


 まるでホークの呼びかけに答えるように、宙に浮いていた黄金の大剣は地面に向かって落下する。

 そして、弾けた。

 それは金色の爆発。

 視界が、世界が、すべてが輪郭を失って金色に染まる。



――世界は、貯蔵された知にすぎない。

――記銘により誕生し、

――想起により存命し、

――忘却により死滅する。



 どこからともなく聞こえてくるホークの声。



――の知は、我が知。

――我が知は、すなわち世界となる。



――因果結びし世界の名、は【全知全能】!



 それは不思議な感覚だった。自分の手も足もどこにあるのかわからない。体がある実感がなく、金色の光に溶けてしまい、下手すれば自らを見失いそうになる恐ろしい感覚。

 もしかしたら、これこそが「死」なのかと美蘭は存在しない身を震わせる。



――我はヘルメス公国奇襲先遣部隊が、ここに攻めてきたことを知らぬ・・・



 ホークの唐突な内容の言葉が続く。



――我はヘルメス公国奇襲先遣部隊が、ここに拠点を築く作戦を知らぬ・・・



 意味がわからないが、美蘭は尋ねる口もない。

 黙って聞いていると、最後の言葉が告げられる。



――我、全知なれば、「我が知らぬことはない・・」と知れ!



 金色の世界が弾けて消えた。

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