第4話:不幸の記憶で絶望を
生まれた時は、少し色が明るいかな……ぐらいだったらしい。
でも、6才になった頃には、美蘭の髪の毛は鮮やかなオレンジ色となっていた。
時代的には、東京が多数の異世界とつながるようになってからしばらく経っていた頃。
その影響なのか、目や髪、肌の色などが変わる程度の突然変異は珍しいことではなかった。
とくに影響の大きかった都心では、髪の色が変わったらむしろ「おしゃれ」「ユニーク」とうらやましがられるぐらいだったらしい。
ところが、異世界と関わりの薄い田舎はまだそうはなっていなかった。
鮮やかなオレンジ色の髪を見て周りが抱く感情は、ほとんどが「気持ち悪い」だったのだ。
そして、彼女の父親も同じ感情を抱いていた。
「異世界人の血が入っているのではないか」
それは、父方の祖母の一言がきっかけだった。そんなつまらない一言から疑心暗鬼が生まれ、美蘭の父親は美しい妻を疑うようになっていた。
あとは坂道を転がるよりも簡単に、美蘭の人生は落下していく。
「なんで、あんな子を産んだんだ!」
父親と母親の喧嘩。家庭不和。
「もうお前とはやっていけない。お前が悪いんだ……」
父親の浮気。離婚。
「あんたが……あんたが悪いのよ! 髪染めなさいよ!」
母親の美蘭に対する暴力。母親の精神疾患。その末の
「手間をかけさせないでくれよ。うちも自分たちだけで大変なんだ」
親戚へのたらい回し。
彼女の人生は、ありふれた悲劇のシナリオをたどる、淀みのない川。その流れに飲まれたボートへ、彼女は身を任せていた。行き先に岩が見えているのに、オールもなければ飛び降りることもできない。だから、ぶつかって怪我をする。しかし、ボートは壊れないで次の岩へ。きっと最後は滝が待つ。
抗うことができない激流という時間が無意味に流れていた。
「なんでオレンジ色なのよ! そんな髪なんて知らないわ!」
原因は、母親の言葉にまとめられていた。すべてオレンジの髪が悪い。そんな髪になってしまった自分が悪いという結論に終結した。
幼い頃は、なぜ嫌われるのか、なぜ責められるのか、なにが悪いのか、どうしたらいいのかなどわかるはずもなかった。
しかし、さんざん言い聞かせられ、肉体的にも精神的にも暴力を受けた美蘭には、いつの間にかそれが考える必要もない真実そのものになっていた。
疑問に思うのもバカらしいと、思考を放棄した……いや。子供にその問題の解決は難しすぎたのだ。頭の中がパンクしていたのかも知れない。
それでも彼女は、高校生になった時に自立をしようと改めて考えることができた。
勉学と共にアルバイトをして学費を少しでも稼ごうとがんばり、同時に貯金もするようにしていた。
理由は、異世界人たちが普通に暮らす東京へ行くためである。そこなら自分も受け入れてもらえるかも知れない。だから、激流に流されるボートの舵を少しでもとろうとがんばったのである。
その努力は実を結び、高校卒業後に東京のとある会社に就職。住まいも安いながら都内のアパートにて1人暮らしを始めることができた。
はたしてオレンジの髪は、いとも易々と受け入れられた。そもそも周りには、この世界の人間ではない者たちが普通に暮らしているのだから当たり前である。
嬉しかった。ここなら過去のしがらみを忘れ、幸福になれるかもしれない。彼女はそう期待した。
ところが、不幸という鎖は彼女をつなぎ止めていた。
入った会社は、ブラック企業。残業手当も出さず、セクハラにも甘い。
初めて友達になったと思っていた同僚は、異世界の新興宗教にドップリとはまっていた。「友達なんだから」と勧誘され、寄付のための金まで要求してくる。
そしてやっとできた年上の恋人。優しく素敵な彼ができて夢のようだと思っていた。これで幸せになれると思っていた。
だが、彼は美蘭を麻薬密売の連絡係として利用していただけだった。
幸いにして、知らずに手伝わされていた彼女の無実は証明されたが、しばらく警察に拘留され、それが知られて会社はクビとなり、手元には今までコツコツと貯めた貯金ぐらいしか残らなかった。
その時点で彼女は悟った。
神様は自分に「幸福になるな」と言っている。きっと生まれてきたことがまちがいで、早く死ぬようにするため不幸にしている。そうに違いない。
ならば、死のう。
もう疲れた。
まちがって生きていても仕方ない。
しかし、両親の、親類の、上司の、同僚の、あの男のいる土地で死にたくない。
一緒の土地で眠るなど虫唾が走る。
そうだ。
ならば残った貯金をすべて使って、贅沢な異世界旅行に行ってやろう。費用が高い
そして金を使い切って、異世界の地で死のう。死ぬのは怖いけれど、リスクのある異世界なら死ぬチャンスも多いだろう。
あたしは異世界で死ぬのだ……。
美蘭は、ガバッと起きあがった。
そこは心地よいベッドの上だった。
薄手の掛け布団をどけて、ベッドの端に腰かける。
部屋は、3泊目――旅行最後の夜――の宿だった。内装は、元の世界で言う南国風のデザインで、籐細工のような家具が置いてある。
大きく開いた窓から、海の
その音と共に訪れる星明かりだけが頼りの暗い部屋だが、うすぼんやりと周りは見えていた。
(……また夢……)
夢と言うよりも記憶。睡眠という間を狙い、夢魔が見せる不幸な過去。結局、これからは逃げられない。
(……やっぱり死のう)
唐突だった。
その心理は口で説明できない。ふとした瞬間に不幸の痛みが戻ってきて死に誘う。
でも、その誘いに逆らう理由などないではないか。そもそも
(…………)
気がつけば、彼女は着替えもせず薄手の白いネグリジェで、宿から近くの浜辺にポツリと立っていた。
サンダルは履いている。今は光が消えているが、手にはライト。持ち物はそれだけ。
ここまでどうやって来たのか、どのぐらいここに自失して立っていたのかは覚えていない。
我ながら精神が病んでいると、美蘭は自嘲して顔を歪ませる。
(暗い……闇……)
光源は、星明かりのみ。かなり目が慣れているとは言え、それでもほとんど見えやしない。
(このまま海に歩いて行ったら、闇に溶けていくようであまり怖くないかもしれない)
どこか現実感のない思考でそう思い、足を1歩踏みだそうとした。
――その直前。
波の音とは違う水の音が耳に届き、海辺の闇が蠢くのを彼女は感じたのだった。
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