第3話:美味しい料理で楽しさを
ツアーコンダクターたるホークがプロデュースしたコースメニューは、たしかにすばらしいものだった。
初日の夜のメニュー、オークトンの焼き肉。それは脂の美味さがあふれる中に、肉自体の確かな歯ごたえが楽しめる。美蘭が食べた豚肉の中でも最高級クラスの味だった。
しかも、脂がくどくなってきたところで、柚子のような果実を絞られてサッパリ感が演出される。おかげで普段の倍以上の量を食べてしまった。
さらに凶悪なのが、その豚肉の脂で炒めたチャーハン的料理だ。米をわざわざ日本から取り寄せているらしい。いくつかのスパイスが奏でる辛味とガーリックのような香りが、彼女のスプーンを持つ腕を操り、胃袋を容赦なく攻撃するのだ。
おかげで、その夜。満腹感に動き回った疲労感が重なり、彼女は久々になにも考えずに深い眠りについてしまった。
翌朝にも、ホークの用意した攻撃は続いていた。
目覚めにだされたのは、爽やかなハーブ茶だった。それは胃もたれに効く、魔法の薬草が使われているらしく、リンゴのような甘い香りとミントのような清涼感を味わわせてくれる。
その効果は、さすが魔法。数口飲んだだけで、胃のずっしりとした感じがもうどこにもなかった。
そして朝食。
メニューは、ひと口サイズのまるでプディングのようなパンが用意された。ジャム、野菜、肉、魚、フルーツと、すべて地元の素材らしく、少しずつ載せられていて見た目も楽しい。
しかも、尋ねればホークが料理の解説から、関連話まで面白おかしくしてくれる。
宿のテラス席から広がるのは、虹色のクリスタルのような岩山が並ぶ風景。
それを見ながらとる朝食は、美味しいだけではなく楽しい。
ここに来てからの食事のどれもが、彼女にとって初めての体験で、初めての味だった。
「最も美味しい食事の取り方は、
美蘭が食事の感想を述べると、ホークはそう説明した。
「ず、ずいぶんとSFチックな話ですね……」
「いえ、簡単な話なんです。その空間にある、周囲の空気、風景、同席する人、過ごす時……一言で言えば『雰囲気』というものが、料理の調味料となるのです。料理をより美味しく食べたいなら、きれいな空気と一緒に食べること。心震える風景を見ながら食べる事。楽しく過ごせる人と食べる事。食べる前の準備の時間も、余韻の時間も味わうこと。食事は体の栄養と共に、幸せという心の栄養をとることですからね。それには旅行での食事がピッタリなのです」
「……なぜです? 旅行に出なくても、景色がきれいなレストランとかでもいいのでは?」
「もちろん。ただ、『日常から離れる』というのが効果的なのです。日常的な食事は作業的になりがちで、雰囲気を味わいにくくなります。だから、普段行かないレストランも非日常的でいいと思いますが、旅行はさらに日常から離れる。特にここは異世界です。日常からは果てしなく遠い」
錬金術師という職業の
だが、押しつけがましさや偉そうなところはない。それに決してわかりにくい説明ではない。どこか腑に落ちて、それに熱意も伝わってくる話し方だった。
だけどと、美蘭はため息まじりに口を開ける。
「ふ~ん……。なら、『同席する人』だけは、条件に合っていませんね」
するとすぐさま彼が、手にしていたフォークを置いて頭をさげた。
「これは申し訳ございません、
「――美蘭でいいよ」
「……美蘭様ですか?」
「『様』もいらない。せめて『さん』付けで。だって、同席する人は『楽しく過ごせる人』がいいんでしょ。なら、ざっくばらんにいきましょ。敬語じゃ楽しく過ごせないじゃない」
そう美蘭は笑みを向けた。
すると、ホークが静かに頭をまたさげる。
「……畏まりました、美蘭さん。ただ、私はもともとこういう話し方なので、あまり大きく崩れませんが」
そう言って見せたホークの笑顔は、見た目の17~18才相当の無邪気そうなものだった。
それが美蘭には、どこか嬉しく感じられた。
その後もホークのプランは、彼が語ったポリシーを崩さないものだった。
馬車で次の街に移動する間も、風色を楽しみながら移動し、途中の町ではその雰囲気にあったランチが楽しめた。
その後は適度に海で遊び、喉が渇いたほどよいタイミングで地元のミルク(?)を飲み、その後に冷たい砂糖菓子のような甘味も楽しめた。
海で釣りを楽しみ、夜にはその魚を食べるというイベントも用意されていた。
「この人のツアーは大変だろう?」
2日目の夕食の時。
腕が4本あり、頭に羊の角があるコック長が、テーブルに来てそう言いながら豪快に笑った。
そして腕の1本で、ホークのか細い背中を派手な音を立てて叩く。ホークが顔を顰めるが、お構いなしだ。
「オレたち料理人も、この人には振りまわされっぱなしさ。下手に知識が豊富なもんだから、うまい食材をどこからか仕入れて持ってきたり、いろいろな調理方法をオレたち料理人に提案してきたりする。ホント、うざいやつさ!」
「まあ、私の
「おいおい、調子に乗りやがって!」
文句を言う鬼のような厳つい顔は、しかし怒っているわけではない。むしろニヤニヤと笑っている。
「でもな、悔しいけどこの人は、ちゃんと地元の良さもわかっていて、それを殺さないようにしてくれている。それにこんなナヨナヨした体でも、自分の足でコースを何度も巡って確認する。だから、この人のツアーに参加した人は、必ず最後に満足してるぜ!」
自分の足で巡っているわりには、2日目も途中で魔物に襲われたり、争いに巻きこまれそうになったりしすぎではないだろうか。本当にコースを確認したのかと疑いたくなる。
確かに、その度にホークが的確に対処し、退路も確保して逃げることはできていた。しかし、彼が余裕で敵を倒したわけではなく、危険と隣り合わせで2人そろって走りまくっていたのだ。
だが、ふと美蘭は思う。
もしかしたら、そのすべてがホークの言う美味しく食べる準備だとしたらどうだろうか。
なぜなら、不思議と助かったあとに口にする食べ物は、これ以上なく本当に美味しかったのだ。それは、まさに命の味。味覚とは違うところで感じる味。
しかし、もしそうならば、なんと馬鹿げた命がけの食事旅行なのか。
(だけど……なんだろう。楽しい……)
休みなく続くイベントと、目まぐるしく変わる風景、そしてその思い出と一緒にいただく食事。
美蘭の心には、不思議な幸せ感が次々と訪れていた。
――だが、その中でも「
移動中にちょっとできた「間」。
会話の途中にできた「間」。
寝る前に1人でいる「間」。
幸せの隙間。
その「
不幸という名の記憶が蘇ってしまうのだ……。
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