第30話


「石川樹里。元気でね。さよなら、もう会わないから安心していいよ。私ね、ずっと、ずっと、あなたと一緒に生きていきたかった。本当に、心からそう思ってた。でもね、私は、この街に留まることができない。石川樹里は、この街から出ることができない。だから、無理なの。無理だったの」


 咳をきったように喉から言葉が溢れ出る。感情の波が押し寄せてきて止まらなかった。石川樹里の肩に掴みかからんばかりの勢いで、私は意味のない言葉の羅列を吐き出し続けた。5年前、自分の身を焦がすようにして愛していた女の子の瞳を見つめて、心の中に巣食っていた暗闇を全て吐き出したら、少しだけすっきりした。


「だけど私、過去に戻っても、同じように、石川樹里のこと、好きになると思う」


 私がぽつりとそう言うと、石川樹里は泣きそうな顔をした。


「私、何度生まれ変わっても、ピンク色の夜行バスに乗って、石川樹里と東京に行きたい。何度生まれ変わっても、大好きでいると思うんだ、石川樹里のこと」


 その時、あの酸素の薄い教室で、透明人間の私に、石川樹里が初めて話しかけたときのことを思い出していた。そのときと全く同じ顔をして、石川樹里は嬉しそうに笑っていた。


「じゃあ、あーし、もうそろそろ行くわ」


 名残惜しそうにしている石川樹里がやっと重い腰を上げた。私は去っていくその背中を引き止めなかった。永遠に私たちが言葉を交わすことはないのだろうという予感めいた直感が、私の胸を締め付けていた。

 石川樹里は最後に一度だけ立ち止まると、私を振り返って言った。


「草間。あーしの手紙、読んでくれた?」

「・・・手紙って、何」

「そっか、ううん。なんでもない。じゃあな、元気でやれよ」


 石川樹里は片手を振って、もう二度と振り返らずにトラックに乗り込んで去って行った。石川樹里を運んでいくトラックの黄色が見えなくなるまで、私はその場に突っ立ったまま動けないでいた。





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