第16話


 三つ目の信号に差し掛かったところで、車が私の真横を横切った。石川樹里はちらっとこちらを見遣って、「草間、こっち」とぶっきらぼうに言い、私の手のひらを乱暴に掴んだ。不思議に思いながら石川樹里の左隣に移動したときにやっと、車道から私を守ってくれたということがわかって、顔のあたりにさっと血が集まるのを感じた。並んで歩いているということさえ恥ずかしくて、石川樹里の顔を見ることができない。


「あああああ」

「どうしたの」

「無理。なんかもう、あーし、こういうの向いてないっつーのが、よー分かった」

「何それ」

「無理、無理、無理!むーりー!」


 ショートカットを鳥の巣みたいにくしゃくしゃに丸めた石川樹里は私に向き直って、「あんまり上手くできんかもしれんけど。つきあおっか、あーしたち」と照れた笑顔のまま言った。うっかりすると涙がこぼれてしまいそうだったから、手のひらに力を入れて必死にこらえる。奇跡みたいな夢の中にいるようだった。


「かのじょ?」


 私と石川樹里を順々に指差してそう呟く。石川樹里は、眩しい朝日を背にして、照れたように微笑む。


「かのじょと、かのじょになるんやない」

「嘘みたい」

「ほんとに、ほんと。なんかしたいことある?」

「え?」

「なんでもいーよ。なんでも言え。31のトリプルチャレンジしたいーとか、メイド服でコスプリ撮りたいーとか、やりたいこととか、したいこととか」

「したいこと」


 考えるまでもなく、そんなのひとつしかなかった。石川樹里は不思議そうな顔をして、足を止めた私のほうを振り向いた。


「駆け落ちしたい」

「どこ行くん?」

「東京」


 私たちのようなはみ出し者を、受け入れてくれる場所。頭に浮かんだのは、たったそれだけ。東京、という言葉は、いちごミルクの飴玉みたいに、私の舌の上を甘く転がった。


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