第13話


「高校生のカップルだ、かわいー」


 大学生くらいの女性二人組にすれ違いざまに冷やかされ、私たちは顔を見合わせた。学校指定のジャージを着ている背の高い石川樹里が男の子に間違えられるのは、考えてみれば不思議なことではない。何かを迷っているような表情をした石川樹里は、少し考えるそぶりをした後で私の右手から手を離した。


「なんで離すの」


 私の喉はなんてべとべとしていて甘ったるい声を出すんだろう。


「嫌かなと思ったんよ。嫌っしょ?」

「・・・そんなこと言ってないよ」

「カップルって思われたらどうするん」

「別にいいよ。だってこの街には、私たちのことを知ってる人なんていないんだよ」


 そう言うと、石川樹里は苦笑しながらもう一度、私と手をつないでくれた。どきどきと波打つ胸の鼓動がうるさくて目をつぶる。ぶくぶく太って破裂しそうな気持ちを抑え込むのに必死だった。今にもロマンティックな言葉の泡が、口から飛び出してしまいそうだったのだ。


「いいな、こういうの」

「何が」


 水族館を一周してから、来た道を戻る帰りの電車に乗った。窓の外は底なしの闇が広がっている。ぽつぽつと座っている乗客の頭が電車の揺れるリズムに合わせて上下する。このうたかたの時間が終わりを迎えてしまうということがひどく名残惜しくて、私はつないだ手のひらを今も離せないでいた。


「だって、草間が、あーしと手をつないでくれるんやもん。あーしの目を見てくれるし、あーしと話をしてくれるから」


 石川樹里の声があんまり優しいから、胸がいっぱいになって、息がつまった。ごとん、ごとんと規則的に鳴る音に耳をすませながら、石川樹里の骨ばった肩にそっと頬を寄せる。私の好きなにおいがした。この世界でいちばん、私の心を切なくさせるにおい。

 最寄駅に着くと私たちはふたり、構内のホームに座った。

 黙ったまま、電車を5本見送って、終電のベルが鳴り響いてからようやく私が重い腰をあげると、石川樹里は怯えたような瞳で立ち上がった私を見つめた。


「そんな顔しなくても、大丈夫だよ」

「明日、また迎えにきてやっから。電話もメールも、いつだってしていいけえ」


 うん、と頷くと、石川樹里はやっと、ほっとしたような顔をした。

 ひらひらと手を振って、歩き出す。暫くたっても、背後から石川樹里が私の背中を目で追いかけているのを感じたけれど、振り向くことはできなかった。もう一度あの子の顔を見たら、二度と離れられなくなってしまいそうだったから。

 両目の淵に溢れてきたものをこらえようと、頭上にぼんやりと光る月を見上げた瞬間、突然肩に重心をかけられ、そのままぐい、と後ろに引っ張られる。荒い呼吸音がすぐそばで聞こえて、思わずどきりとする。


「汗くさいよ。石川樹里」

「草間。いつか、どっか行こうや。ここじゃなくて、ずっと遠いとこ。あーしのことも、草間のことも、だあれも何も知らん場所で、ふたりっきりで、一からはじめようや」


 いいよ。


 一瞬たりとも迷わずに、掠れた声でそう言うと、石川樹里は無邪気にはしゃいだ様子で、私の頭をごしごしと撫でた。その瞬間、1日中堪えていた涙がついにあふれた。私たちの問題は何一つ解決してはいないのに、現実が溶けてなくなってしまう訳じゃないのに、もう大丈夫だと思えた。誰からも傷つけられることのないシェルターにくるまれたようなぬるい安心が、私の全身を包み込んでくれたような気がした。


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