とある主任と謀議

とある主任と謀議(1)

 きりしょうかいの定期人事異動は例年十月に行われる。

 それに合わせて各グループ会社も十二月までに人事異動を済ませるので、年末年始のあいさつを交わしたグループ会社の社員が、二月や三月に、新しい担当者をつれて引き継ぎに来ることは稀であった。いきなり、新入社員を本社に寄越すような、勇気のあるグループ会社はなかった。


 どこの企業でも定期の人事異動が近づけば社内はざわつく。

 ひと月も経てばすべてわかることであり、早く知ったからと言ってさほど実利があるわけでもない。

 それでも人々は、だれが昇進して、だれがどこに飛ばされるのかについて、情報を持ち合い、うわさをささやき合う。

 桐尾は世界有数のエネルギー関連企業であったから、その定期人事異動ともなれば社内外の関心は高い。

 そうちょうに聞けばいろいろと教えてくれたかもしれないが、他人に尋ねられたときのことを考えて、一度も彼女から話を引き出そうとはしなかった。

 知らなければ他人に重要事項を漏らしようがない。

 最初は僕に耳打ちをしていた彼女も、部下のスタンスを知ってからは直接かかわりのない情報は教えてくれなくなった。

 課長のしもべと思われている僕から情報を聞き出そうとする者は、僕がそのルートからは何も知らないのがわかると、たいてい落胆の表情を見せる。

 しかし、彼らを喜ばせたところで僕にメリットはないので仕方のない話である。

 交換で情報をもらっても僕はうれしくない。


 やっかいなのは五丘労働組合いつおかろうどうくみあいかが血委ちいいんちょうのほうである。

 会長の接待の件以降、凰来山工おうらいさんこうじょうないにある生産企画課に来ては雑談の相手をさせられるようになった。

 話が長いのは構わなかったが、時おり、主任クラスが知る必要のない機密事項まで話し出すので困る。

 桐尾はフェニクアで、その開拓に精霊の依頼で従事しており、その代価であるフェニキウムを年末にまとめて人間界に転移してもらっているのだが、たとえば、その量を決定するうえでの、精霊との極秘のやりとりの内容などである。


 委員長のお気に入りらしい僕から情報を得ようと見知らぬ社員が近づいて来ることもある。

 桐尾において委員長の権力は強大で、組合員の異動・昇進には彼の同意が必要であった。

 つまり、早い段階で委員長には定期人事異動の情報が集まってくる。

 それを委員長本人には怖くて近づけないから、彼から漏れ聞いているであろう僕から聞き出そうとする者たちがいるのだ。

 取締役から平社員まで、様々な人が、こそこそと僕のもとへ訪れてくる。

 迷惑な話だったが、委員長が僕の周りにまいたエサに寄ってくる鳩やピラニアのような人たちを追い払うのに、課長の名前を有効に使わせてもらっている。

「課長から話したら殺すと言われているんですよ」

 彼女の名前を聞くと、たいていの者は記憶の中にある絶対零度の瞳に心臓を貫かれ、僕の前から退散していくのであった。

 実に便利な虫よけであったが、課長のなまえを出せば出すほど、僕につけられた雨相派のレッテルは重くなる一方で、それはそれで僕の意に反した。

 我が国の政治だけでなく、社内政治に対してもノン・ポリティカルでいたいのだが。


 毎年、人事に関するうわさ話の砲弾が社内を飛び交う桐尾であったが、今年のそれは常の比ではなかった。

 我関せずがポリシーの僕にも、知らず知らずの内に新組織の話が耳に入って来た。

 やがて、エリートが集まる経営戦略本部の中に、新規事業統括部という怖い名前の組織のできることが正式に発表された。

 雨相課長がその新組織に入るらしいと聞き、少し期待をしていたのだが結果は異なり、彼女は凰来山工場生産企画課の課長から、凰来山工場生産管理部次長にご昇進された。

 しかし、残念、いや、喜ばしいことに、生産企画課の課長も兼任することになり、僕との主従関係は従前と変わらなかった。

 人事異動者の一覧に僕の名前はなかったが、各部署から新規事業統括部に人が引き抜かれ、それを補うために同僚が異動していったので、担当する業務が増えた。

 今までより効率よく働かないと仕事が回らなくなったので、雨相次長の監視の目がさらに厳しくなっただけで、エリートを集めて何をする気かは知らなかったが、何も楽しくない定期人事異動であった。

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