14:00
フェーに乗り、野山を移動する場合、踊り出したくなるコミカルな音楽が聞こえる。
音楽が聞こえている間は、精霊の加護のおかげでモンスターに遭遇しない。
このおかげで、冒険者や物資の移動をスムーズに行えているのだが、ただではなく、一日ごとに使用料を精霊に払っている。
会社の公休日には契約を結んでいないため、休日出勤の場合は音楽がならず、普通にモンスターが出てくる。
きょうの音楽はいつもとバージョンがちがうようで、和のテイストが加えられていた。
精霊から会長へのおもてなしなのだろう。
最初、僕は会長の後ろについていたのだが、乗っているフェーが勝手にスピードを上げ、会長のとなりに並んでしまった。
横から様子を見ると、会長はフェーでの移動を楽しんでいるようであった。
お気に召して良かったと思った次の瞬間だった。
乗っているフェーのスピードがさらに増し、僕はパーティーの先頭に立ってしまった。
うしろから、
僕は鳥の左腹を何度も叩き、速度を落とすように命じたが、言うことを聞かない。
逆に加速する始末で、左右の景色が、急速に現れては消えを繰り返した。
しばらく障碍物を避けつづけていたところ、そのままズズの山道に入ってしまった。
頭にきたので、広い山道をズンズンと登っていくバカ鳥の左腹を思いっきり蹴ったところ、意趣返しか、急停止しやがった。
僕は勢いよく前方に放り出されたが緑の壁のようなものへ抱きつくようにぶつかり跳ね返され、強制的に地面と口づけをすることになった。
なぜ山道の真中に壁があるのかと思い、全身の痛みに耐えながら前方を見上げると、山道が、六メートルくらいある美しいエメラルドグリーンの壁にふさがれていた。
振り返ると、フェーに乗った
課長は僕の手をつかむと、スピードを落とさず、そのまま場を引き返した。
腕が痛いので文句を言おうとしたところ、
何だと思い、首を後ろに向けると、長い尻尾で山の木々をなぎ払っているドラゴンの姿が目に映った。
先ほどの壁の正体は、ドラゴンの左脇腹だったようだ。
フェーがゆっくりと止まり、課長が手を放すと、僕はドラゴンに向かって尻もちをつく形で対峙させられた。
ゆっくりとドラゴンはこちらのほうへ顔を向けると、長い首をまっすぐに伸ばし、空に向かってひとつ吠えた。
すると僕の耳に、フェニクアに来てから一度も聞いたことのない、RPGのラスボス戦などで使われそうな音楽が流れていることに気がついた。
課長がフェーから降り、銀色のランスを構えると、そのとなりで、いつの間にか来ていた
現れたドラゴンは、図鑑で見たことがあるブラキオサウルスに似ていなくもない。
名は、たしか、エメラルド・ドラゴンといった。
生産企画課の書庫をあさっていたときにデータを見たことがある。
サマルの都とタル市の中間にある、クズク市近くの山奥に生息しているらしい聖獣であり、モンスターのレベルが低いタル市周辺で遭遇した話など聞いたことがない。
僕が術を使い、自分のけがを治しながらそのようなことを考えていると、課長がドラゴンに一歩近づき、ランスを白く輝かせながら、棒読みで言った。
「こんなところで、ドラゴンに出会うとは、何と運のない」
つづいて、委員長が、意味もなく大声で叫んだ。
「しかし、我らが闘わなければ、タル市の人々が困ってしまう」
息を合わせて、ドラゴンの左右に散るふたりを見ながら、僕は思った。
何だろう。
この急にはじまった学芸会は。
まさか、このドラゴンも接待なのか。
ドラゴンから少し離れた場所で、会長が興奮気味に、ふたりへ声援を送っている。
黒い
ドラゴンの鋭い爪が、委員長を切り裂いたかのように見えても、それは老人の残像であった。
ソードマスターが鎧を着ないのは、スピードを落としたくないからなのだろうか。
課長のほうは、委員長に
やがて、ドラゴンに疲れが見えてきたので、どちらかがとどめを刺すのかと思いきや、ふたりが僕たちのほうに退いてきた。
「まさか、私のランスが通じないとは」
いやいや、課長さん。
あなた、本気出していないでしょう。
『皆殺しの天使』と陰で呼ばれている理由を会長に教えてあげなさいよ。
「わしの刀でもむりだな」
おじいさん、あなたの『花切らず』は、植物以外は何でも切れるチート・アイテムらしいじゃないですか。
というか、そもそも、刀を抜いていないですよ。
「まったく、おまえたちはだらしがないな。ドラゴンの一匹くらい、何とかしろよ」
ドラゴンがゆっくりと迫ってくる中、会長の発言に、ふたりが頭を下げた。
いよいよ、接待のクライマックスがはじまろうとしていた。
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