猫の旅路

「始めに言ってしまえば、これは悲劇でも喜劇でもなんでもないものなんだよ」


 夜の山中で、そんなことを言われましても。まず、これってなんだよ。なにも示されてねぇよ。


「難しい言葉はいらない。否、有ってはならない。だってそうだろう? 言葉ってものは他人に分かってもらうために紡ぐものだ。難しい言葉を並べて悦に浸るのもいいが、それぶつけられた相手はどう思う? 鏡の前でやってろと思うだろうな」


 今まさにそうだよ。鏡にでも相手してもらえよ。


「眉間にリトルマウンテンが二つ、肩を並べ寄り添っているぞ。仕方ない。ここは場を和ませるために、ピグミーマーモセットのピアンカ(♀)に登場してもらおう。セクシーピアンキャー。ピクタアー」


 彼はピッグミーマーモセット? に名づけた名前すら把握できないのか。それともわざとか。わざわざと、か。とんだ道化だな。


「おーい、ピアンキー。ピゼフー。おかしい、来ないぞ」


 動物は名前がどうあれ、自分が呼ばれていることはなんとなく分かるものだ。それでも来ないということは、腹が減ったか、気が乗らないか、彼のことが嫌いかだ。とても分かるよ。来なくていいよ。


「……名前なんだっけ。まあいい。ヤマピカリャー、ヤママヤー」


 イリオモテヤマネコの別称である。


「ちくしょうがぁぁぁぁ!!! ぬっ殺す! ピグミーマーモセットの分際で俺をこけにしてくれやがってよぉぉ!!!!」


 品性よ。


「ん? ヤマピカリャ?」


 イリオモテヤマネコが本当に来てしまった。こんな本州の人里離れた山の中に、なんでいるんだろう。


「おいで、やまぴかにゃー」


 行っては駄目だ。皮という皮を剥ぎ取られるぞ。

 イリオモテヤマネコは近づいてくる様子もない。なんだあいつという目で彼を見ているだけだ。そりゃそうか。


「ちぃぃぃ!! 来やがれって言ってんでしょうがぁ! やまままやぁぁ!!!」


 気づくと、すでに彼は猫に襲い掛かっていた。元アサシンの足運び。ヤマネコも反応が遅れてしまっていた。危ない!


 チュン。


 僕が懐から手裏剣を出す前に、彼は何者かに頭を狙撃された。彼が倒れると、少し離れた茂みから、サイレンサー付きの小銃を持った、黒服グラサンの男が現れた。

 とっさに敬礼すると、破顔して敬礼を返してくれた。そして、ずりずりと彼を引きずっていき、山奥に消えていった。敬礼は、違ったか。

 ヤマネコは島に帰った。






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 未来からの二、三言。あずまんが大王を読んだ直後に書いたことが、今でもはっきりと思い出せます(良い話風)。


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