第15話 罪人(セロン視点)
私は、なぜあのような事をしてしまったのだろう?
セシィの事は疑ってはいた。セシィは、読み書き計算だけではなく、薬師の教育も受けていた。そんな女をなぜ売り飛ばしたりしたのか、疑問だったのだ。
普通ならば、女を売って得る金より、薬師を欲しがるだろう。しかも、国の英雄となったサイラスに纏わり付いていた。怪しいと思うのは仕方がない。
サイラスは、五年の間一番の激戦地帯で戦っていた。盾も装備せずに、両手で大剣を持って、ただ敵を葬っていったという。攻めてくる隣国兵を殲滅し、また、他の戦場に赴き、体を血で染めて、いつしか赤き鬼神と呼ばれていた。
そして、とうとう隣国は我が国への侵略を諦めた。多額の賠償金を払わなければならなくなった隣国は荒れている。サイラスを女で懐柔して自国へ引き込み、再び侵略を企てているのでないかと思っていた。
サイラスは、一度女に騙された。騙した女スパイは十六歳と年を偽っていたという。セシィは、十六歳と思えないほど有能だった。サイラスを騙した女スパイと同じような女を用意したと思う方が納得がいく。
しかし、泣いているセシィを見た時、隣国の事も、スパイのことも、妹の事さえ頭になかった。ただ、サイラスのために泣いているセシィが許せなかった。サイラスの事を忘れさせたかった。セシィの心を私で満たしたかった。
昼食時も執務室に籠っていると、アンドルーが部屋にやって来た。
「セロン様。サイラスが騎士隊を一年間離れることになりました。その間、セシィの護衛をしてもらおうと思います」
「そうか」
今の私には、セシィの生活の口を出す資格はない。
「セロン様、僕は、セシィと結婚しても良いと思っています。セシィさえ同意してくれたらですが。僕と結婚すれば、医師と薬師、一生お互いに助け合って生きていけます。ブレイスフォード子爵様には返さなければいけない恩があるとは思います。だけど、セシィが望むならば、この地を離れて、全く知らない土地で二人で生きて行ってもいいかと思います。馬に二人で乗れるように練習します。剣も覚えます」
「アンドルー、もういい。もし、セシィがそう望むならば、ブレイスフォード家の恩など忘れてしまえばいい」
「悔しいことに、セシィはそんなことは望まないでしょう。サイラスの側にいたいと望むに違いない。だから、私もこの地にいます」
「そうか。この領地には医師がいない。前にいた医師は前領主と一緒に逃げてしまった。できれば、この地で医師を続けて貰えたらと思う。ここには、アンドルーもセシィも必要だ」
「セシィが必要だと思っていたのならば、なぜ、セシィにあのような事を? 本当にサイラスを狙っている女スパイだと思っていたのですか? サイラスを殺すためですか?」
「サイラスを忘れさせたかった」
「なぜ?」
アンドルーは私に問う。答えられない。私にも自分の心がわからない。
セシィと夕飯を一緒に作った。
セシィと一緒に森へ行った。
セシィの作った菓子を子供たちと一緒に分け合った。
セシィとこの部屋で帳簿を付けた。
むくれるセシィ。怒るセシィ。笑うセシィ。そして、泣くセシィ。
全て私のためであったらと、そう思った。
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