第14話 セロンの罪(アンドルー視点)
「セシィを寝かしつけた。セロン、話がある。アンドルー先生もいいか?」
ドアの外から、サイラスの声がする。
僕はドアを開けて、部屋の外に出た。向かいの部屋のドアも開き、セロン様が顔を出す。外はうっすらと明るくなって来ていた。
食事室の行くと、サイラスが紅茶を入れてくれた。
三人で椅子に座る。
「セシィは、先ほどまで泣いていた」
サイラスの言葉を聞いて、セロン様が唇を噛み締めながら俯いている。
「セロン、なぜ、あのようなことをした?」
「セシィを泣かせた貴様の事も、貴様のために泣いているセシィも、我慢ならなかった。貴様の事を忘れさせたかった」
「待ってください。なぜ、セシィが泣いたのですか?」
傍目には、サイラスはセシィをとても大切にしていた。泣かせるようなことをするとは思えない。
「セシィが俺の部屋にやって来て、この家を出て、二人で別の家に住もうと言った。俺は、断った。セシィを助けたのは仕事だったからで、セシィが特別ではないと」
サイラスも俯いてしまう。
「親を否定されて、伯父に売り飛ばされて、絶望したところをサイラスに助けられた。セシィにとって、サイラスは希望そのものだったのでしょう。それなのに、仕事だから助けただけで特別ではないと言われ、傷ついて泣いていた。そして、信頼できると思っていた上司に無理やり深いキスをされたと。なんてことをするのです。あなた方は! セシィはとてもしっかりしているけれど、まだ、十六歳なのですよ」
十六歳の女性には辛すぎる出来事ばかりだ。
「わかっている。私は酷い男だ」
「俺は、セシィをどう扱えばいいかわからなかった」
「僕も悪かったのでしょうね。サイラスが気に食わないからと言って、子どもの様な対応をしてしまいました。セシィは気に病んでいましたから」
三人で落ち込んでしまう。
「俺は、セシィが望むように、ここを出てしばらく二人きりで過ごそうと思う」
「それは反対です。セシィにとってサイラスが全てです。再び、あなたがセシィを傷つけることがあれば、セシィは何をするかわからない。とにかく、多くの目が届く状態にしておくべきです」
「だが、セロンと暮らさせる訳にはいかない。顔も合わせたくはないだろう」
「セシィは、私の命を望んだか?」
「いや、おまえはこの領地に必要だから、殺せないと」
「そうか。私はここを出て、執務室のある旧領主の別館に住むことにする」
「セロン様、僕は、お嬢様を死に追いやったサイラスが許せません。とても憎い仇だと思っています。でも、今回のセロン様の行ったことも軽蔑します」
女に騙されて、お嬢様に衆人の前で蹴り飛ばして暴言を吐いたサイラス。他の男を想って泣いている女性に無体を働いたセロン様。お嬢様は自ら死んでしまった。セシィは死ななかった。本当に良かった。
「そうだな。私は本当に愚かだな」
「悪いのは俺だ。俺がセシィを受け入れれば良かった。俺にはそんな資格がない。セシィと幸せになることなど、許されないと思った。だから、受け入れられなかった」
「サイラス、セシィは貴様の罪を忘れろと言った。だが、貴様を許せそうにない」
セロン様が食事室を出て行こうとする。
「セロン様、ここを出て、夕食はどうするおつもりですか?」
「食わなくても死にはせんだろう」
様子を見て、栄養不足になるようなら何とかするとして、しばらく放っておきましょう。
セロン様が、少ない荷物をまとめ、馬に乗って出て行ってしまった。
「サイラス、しばらく騎士隊を休めないでしょうか。セシィは、知識を認めて貰えてうれしかったと言いました。だから、勉学所も薬師の仕事も往診も続けさせてやりたい。しかし、僕一人では、送り迎えも護衛も無理です。今のセシィにとって、他の男に近づくのは抵抗があると思います。サイラスが適任なのです」
「わかった、騎士隊に相談に行ってくる。隊を辞めるかもしれない」
「僕も給金が貰えますので、お金の心配はいりません。サイラスが帰って来るまで、ここにいます。セシィが目覚めた時、一人きりでは寂しいでしょうから」
「悪いが、そうしてくれ」
サイラスも家を出て行った。
家にいるのは、セシィと二人だけになった。セシィは朝まで泣いていていたとサイラスは言っていた。いつも明るかった頑張り屋のセシィ。僕は甘えていたのかもしれない。サイラスを詰った時、辛そうな顔をして執成そうとしていた。不機嫌な僕を気遣っていた。いくら憎い相手とはいえ、同居人となったんだ。もっと大人の対応が出来たはずだ。僕は、セシィを追い詰めたかもしれない。
セシィは、また笑ってくれるだろうか。愚かな僕に。
そんなことを考えていると、サイラスが帰って来た。
「戦争の慰労で、一年の休暇が貰えた。給金は今まで通りらしい。ただし、戦争や災害が起こった時は、召集されるとのことだ」
「それは良かった。国の英雄を辞めさせてもいいものかと、悩んでいましたから」
「アンドルー先生は、俺と行動することに、抵抗はないのか?」
「娼婦として扱われてもサイラスの罪を忘れて欲しいという、セシィの悲痛な願いを無下にできません。しばらくは、セシィのための同士となりましょう」
僕は、手を差しだした。サイラスの大きな手で握り返された。
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