第12話 セロンの妹

 腰を痛めた老人。熱がある子ども。怪我をした庭師。様々な人を診るアンドルー先生。

 最初はレイアさんのように、お金がないからと固辞していた人たちは、アンドルー先生が無料で診察すると言うと、信じられない顔をした。そして、診察が終わると、まるで生き神様を拝むように手を合わせる。

 みんなが早く良くなりますように、私も神に祈った。

 用意した薬が無くなった頃、貧民地区の診察が終わった。

「来週も来ます。もし、緊急を要することがあったら、いつでも連絡してください」

 アンドルー先生は教会の神父様にお願いしている。

「本当にありがとうございます。まさか、本当にお医者様が来てくれるとは思いませんでした。しかも、領主代理のセロン様が、パンの配給をしてくれるとのこと。本当にありがたいことです。領主様が変わったら、こんなにも違うのかと思いました」

 泣き始める神父様。ちょっと困っているセロンとアンドルー先生。

 私は、来週も頑張ろうと思った。


 夕食の時間。今日のセロンの肉はいつもより少し大きい。でもアンドルー先生の肉はもっと大きいです。一番頑張ったから。

「私の肉は、サイラスやアンドルーより小さい」

 セロンの肉はいつもより大きいはずなのに、相変わらずせこい。

「サイラスのお給金でこの肉を買ったから、一番大きい肉にするのはあたりまえよ。アンドルー先生は大活躍したんだから、肉が大きくて当然ね。セロンの肉は私より大きいけど、文句あるの?」

 セロンを睨んでやる。

「何でもない。これでいい」

 最初から素直の食べてよね。本当に手がかかる。一番年上とは思えない。

「アンドルー先生。貧しい村に産まれて、どうして医師になれたの?」

「母は僕を産んだときに亡くなった。木こりだった父は僕が十歳の頃、足に木の枝が刺さって、その傷がもとで死んでしまった。しばらくしてから、領主様と医師様が村にやって来た。領主様は『もっと早くに医師を連れてきてやれなくてすまん』と言ってくれたんだ。そして、身寄りがなくなった僕に、医師になるつもりがあるならば、ついて来いと言ってくれた。十歳から領地の医師養成所に入って、十六歳で卒業する時、王都の医師養成所に行ってみないかと言ってくれたのも領主様なんだ。十九歳で領地に戻り、二年間医師見習いをしていた。そして、この秋に正規医師の免状をもらった」

「ブレイスフォード子爵様って、本当に素敵な方なのね」

 私の村で病が流行っとき、領主は無視していた。それなのに税だけは取り立てた。だから、私が売られたんだ。

「父を誘惑しようなんて考えるなよ。父は母一筋で、他の女なんかに目もくれない」

 セロンの父親って幾つなのよ? 私の父より年上ではないの?

「会ったこともない人を誘惑しようなんて考えません。しかも、そんな年上の人。ありえないわ。でも、貴族なんて、愛人がいっぱいいて不誠実な人ばかりだと思っていた。ブレイスフォード子爵様は違うのね」

「父が特別かもな。私が執務室に使っている旧領主館の別館は、元々領主の愛人が住んでいたらしい」

「本妻と同じ敷地内に住まわせていたの? 誠実の欠片もないわね」

「俺の父も母一筋だぞ。父はうっとうしいぐらいに母を溺愛していた」

 サイラスが話題に加わる。そう言えば、前もそんなことを言っていた。

「団長の奥さん好きは有名だからな。騎士団全員が知っている」

 騎士団全員に知られているって、どんだけ奥さんを溺愛しているのよ。

「何だって!」

 アンドルー先生の様子がおかしい。

「愛妻家の団長が父親で、赤毛の大男。まさか!」

「そうだ、私の妹を死に追いやった男だ」

「なぜ、こんな男の所に住んでいるのです! こんな奴の世話になんかなりたくない」

 興奮して皿をひっくり返すアンドルー先生。もったいないけれど、突っ込めない雰囲気。

「それはセシィが作った飯だ。いくらアンドルーでも怒るぞ」

 セロンが突っ込んだ。

「でも、こんな男と……。お嬢様が……」

 泣き出すアンドルー先生。

「サイラスを殺すためだ。サイラスを殺すとセシィも死ぬと言っている。私はセシィを説得するためのここにいる」

「なぜ、こんな男を庇うのです?」

 アンドルー先生が私を睨む。

「セロンの妹さんと何かあったの?」

「お嬢様は、医師養成所に焼き菓子を差し入れてくれました。勉強疲れには甘いものがいいと言って。本当に天使のような女性でした」

「王都の学園などにやらず、おまえと結婚させてやればよかった。そうしたら、妹は幸せになったかもしれない」

「そ、そんな、僕なんか、お嬢様と、相応しくないから」

「いや、おなえならば父も許しただろう。今更後悔しても遅いが」

 セロンは悔しそうだ。サイラスも食事の手が止まっている。

 私は、アンドルー先生がこぼしたものを片付け、サイラスのために取って置いたお代りを出した。

「とりあえず食べてしまってね。お残しは許しませんから」

 とりなす方法が、私にはわからなかった。

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