第6話 お仕事始めました
「なせ、ここで夕飯を食べているの?」
「セシィの飯が美味いから」
「そんなことは理由にならない。ここはサイラスの家なんだから、出て行ってよ」
サイラスの命を狙っているセロンが、我が家にやって来て夕飯を食べている。
私が台所に行っている間に、サイラスが家に入れたらしい。
「この町は、砦が近かったから隣国兵がやってこなかったけれど、他の村や町は、隣国のやつらに森を焼かれたり、非戦闘員の村人が何人も殺されたりした。復興にかなりの金がかかる。誰のせいかな?」
そりゃ、私は隣国の生まれだし、サイラスが女スパイに騙されたから、この国の上の方の人たちが揉めて、戦争が長引いたと聞いたけれど。
「それと、私たちの家で夕飯を食べることと、関係ないじゃない」
「私は、こいつを監視しなければならないし、セシィを説得しなければならない。ついでに飯を食えば、都合がいい」
「無理やりにも程がある」
「ところで、おまえはあんなことをしでかしたのに、こんな美味い飯を食っていて、許されるのか?」
セロンがサイラスに嫌味を言う。サイラスが食事の手を止める。
「サイラス、残したら許しませんからね」
サイラスを睨むと、食事を再開した。
「セロン、ここで食べてもいいけど、後片付けを手伝いなさいよ」
「わかった」
えっ! 手伝うの? 貴族の子息よね?
「ところで、セシィは読み書きと計算ができるんだろう。隣のアルマさんに聞いた。勉学所を作るんだが、そこで働かないか? 給食を出そうと思うのだが、その手伝いも含めて。騎士ほどの給金は出せないが、セシィ一人ぐらいなら、余裕で暮らせる給金は出す」
「私を自立させて、サイラスを殺すつもり?」
その手には乗りません。
「サイラスに頼らなくてもよくなれば、セシィがこいつのために死ぬなどと言わなくなるかなとは思っているが、それだけではない。読み書き計算ができて飯も作れる人材など、そういなくてな。本当にセシィに手伝って欲しい」
「セシィの安全を保障してくれるならば、俺は構わない」
サイラスが言う。追い出すつもりかもしれないけれど、私は居座るからね。
「わかった。働きに行く。ただし、夕飯はここで作るから、勤務は夕方までにして」
「まだ、ここに住むのか。私の家に来てくれてもいいんだぞ」
「誰が行くか!」
大食らい二人が食材を食い尽くしてしまった。
皿洗いをセロンに命じる。素直に応じるセロン。
「本当に、サイラスを殺すためではなく、私が必要なの?」
「もちろんだ。荒れた地を復興するには男手がいるから、人材不足でな。読み書きできるような女性は、なかなか働きに出てこないし、自分で食事を作ることもない。私は、この領地の人々に文字や計算を教えたい。家や親を失った子供たちに、ちゃんとした職に就けるようにしたい。そのための投資だ。手伝ってくれたらうれしい」
必要とされるのはうれしい。そして、この家の家賃や食費を負担して、サイラスが追い出せないようにしてやる。それは、とてもいい考えのように思えた。
戦争時に逃げ出した前領主の館は、華美な装飾を施していた。セロンは、売れる物は全て売り払い、改装して孤児院と勉学所を作った。広い庭は畑にして、子どもたちが野菜を作る。
私の仕事は、小さい子に勉学を教え、お昼の給食を作る手伝いをすること。
母が私に教えてくれた文字と計算。私を救ってくれたこの国に住む子供たちのために役立てればと思う。
旧領主の館は、丘の上にあり結構遠い。出勤時はサイラスに馬で送ってもらった。大きなサイラスの温もりが伝わってとても安心する。
「私、頑張ってくるね」
「ああ、セシィなら大丈夫だ。頑張れ」
サイラスは励ましてくれた。不安な気持ちを吹き飛ばすようで、とても心強い。
元々旧領主の館で務めていた老夫婦が、そのまま給食の調理担当として雇われていた。
「まあ、可愛らしい女の子ね。娘ができたみたいよ」
「娘は厚かましいな。俺達のことは、爺さんと婆さんだと思ってくれたらいい」
「まぁ、私はまだまだ若いつもりよ」
調理担当のレアスさんとロザリさんご夫婦は、緊張している私にそう言って笑いかけてくれた。未熟な私だけど、頑張れると思った。
昼間では料理補助として働くことになっている。かつては多くの使用人がいたという旧領主の館には、大きな鍋や石でできた大きな釜があった。
まずはパンを焼く手伝いをする。憎い相手を思い浮かべながら作ると美味しくなるとアルマさんに教わった。私はセロンの顔を思い浮かべながら、石の料理台へパンの種を叩きつけていた。
お昼の時間はすぐにやってきた。
「なぜ、セロンがここで昼食をとっているの?」
広い食事室に子どもたちが並ぶ。その中にセロンがいた。
「この屋敷に執務室があるからな。昼はここにいる。夜はあの家に帰るが」
なんだか騙された気分。
「昼を食べたら、子どもたちに会ってくれ。小さい子どもたちだから、自由に教えてくれて構わない。ところで、帰りは私が送ろう」
「いい。サイラスを待つ」
「サイラスの勤務が終わって迎えに来て貰っていたら、夕飯の買い物ができないぞ。店が閉まってしまう」
そうだった。サイラスが帰ってきたら、直ぐに食べてもらいたい。早く帰りたい。
「仕方がないから、送って貰う」
セロンが笑う。
「送り代は、夕飯でいい」
「えっ! 只ではないの?」
「当然だ。復興に金がかかる。少しでも始末しなければならない。私と結婚すれば、食材の代金は出すけどな。セシィの飯は美味いから。私は本気だぞ」
こいつの胃袋を掴んでしまった。
「私は、お向かいのアルマさんに料理を教えてもらったの。そんなに気に入ったなら、アルマさんに求婚すれば?」
「アルマさんは、私の母と同じぐらいの年ではないか。しかも人妻だ。略奪などできない」
「私には、サイラスがいるのよ」
私はサイラスのものだから。
「相手にされているようには見えないが」
「うるさい!セロンだって、他に結婚相手ぐらいいるでしょう」
「いや、今は厳しい。ドレスや宝石を欲しがるような女とは結婚できない。そんな金があるなら、まず復興だ。セシィなら、ここの子どもたちのご飯を削ってドレス買えなどとは言わないだろう?」
そんな事を言う女いるのかな。貴族の事はわからないけど。
元気な子どもたちに振り回されながら、ようやく夕方になった。
「子どもたちはどうだった?」
セロンが訊いてくる。雇い主だから、報告の義務はあるわね。
「とても元気があって可愛い。小さい子が相手だから、遊びみたいなものから始めているの。母もそうして教えてくれたから」
「それでいい。勉強に興味を持ってくれたらうれしいな」
「うん」
こうして一日の勤務が終わり、セロンと一緒に帰ることになった。
「家に使用人を雇わないの?」
セロンは家に一人住まいをしている。きらびやかな館に住んで、何人もの使用人に傅かれていたという前領主とは大違いだ。
「私の世話より、復興だな。私一人なら何とかなる」
「なってないじゃない。私たちの家に只飯食べに来るのに」
「後片付け、手伝っているだろう」
この領主代理は、かなりせこい。せこさ勝負なら、私は貴族のぼっちゃんなんかに負けないから。
私たちは、商店街に急ぐ。私の値切りの技を見せてあげる。
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