第5話 サイラスの罪

 私は今、誘拐されています。

 私を攫ったのは、黒髪の若い男。夕飯の買い出し中に、無理やり馬に乗せられて、町の郊外の廃屋へと連れて来られた。

「私は、ブレイスフォード子爵の次男、セロンという。おまえは、あの男が何をしたか知っていて、一緒に暮らしているのか?」

 名前を名乗る誘拐犯というのは珍しい。犯罪慣れしていないのか?

「詳しくは知らない」

 サイラスは、女を二人殺したと言っていたけれど、とても信じられない。

「あいつは、私の妹を死に追いやった。戦争の最前線に送られて、戦死させると聞いていた。しかし、のうのうと生きて、おまえのような少女と住んでいるとはな。許しがたい」

「私は!」

「おまえを責めている訳じゃない。戦場で拾われたんだろう? おまえの立場では、拒否はできなかっただろう。私が終わらせてやる」

「サイラスに、何をするつもり?」

「私があの男を殺す。心配しなくても、おまえの命まではとらない。サイラスをおびき寄せるための餌になってもらうだけだ。あんな男でも、抱いた女が攫われたとあっては、無視はできないだろう」

「違う。私たちはそんな関係じゃない。サイラスは、私に何もしない」

 サイラスが望むならば、この体も命も、あげてもいいのに。だけど、サイラスは何も望まない。

「あいつとは、何もないと言うのか?」

「そうよ」

 悔しいけどね。

「ただの飯炊き女か。あいつは来ないかもしれんな」

 ただの飯炊き女で悪かったわね。

「サイラスは何をしたの。教えて」

 サイラスは詳しいことを教えてくれなかった。本当は訊いてはいけないのかもしれない。でも、知りたい。私と結婚できないと言う、その訳を。

「五年前の事だ。妹は十六歳、サイラスは一つ上の十七歳だった」

 えっ?サイラスは今二十二歳なの? もっと上だと思っていた。

「王太子と、その護衛をしていたあいつや取り巻き連中が、隣国の女スパイに騙されていた。王太子の婚約者の公爵令嬢と私の妹が、女スパイを苛めて、階段から落として殺そうとしたと思い込んでいたんだ。王太子が公爵令嬢との婚約を破棄した場面で、サイラスは公爵令嬢を抑え込んで膝を付かせた。それを止めようと近づいた妹を蹴り上げたのだ」

「妹さん、それで死んでしまったの?」

「その時は、生きていた。私はサイラスに抗議しに行った。あいつは、か弱い女性を階段から突き落とそうとするような女は、殺されなかっただけ有難いと思えと、うそぶいた。許せなかった。三日後、妹は公爵令嬢と一緒に毒を呷って死んだ。その後、女スパイの正体がばれて、妹の冤罪は晴れた。しかし、妹は帰って来ない。サイラスだけが生きていることは許せない」

 隣国とは、私の生まれた国だ。

「サイラスは、殺していないのね」

「殺したも同然だ。その後、我が国は揉めたさ。宰相だった公爵令嬢の父。騎士団長だったサイラスの父。そして、王族。関わったのが大物だったから。その隙をつかれて、隣国から宣戦布告されて、戦争が始まったんだ。この事件が無ければ、もっと早く決着を付けられた。多くの人が戦争で亡くなったのも、あいつのせいだ」

「でも、サイラスが戦争を終わらせた」

「当然だ。そのために生かされていたんだから。戦争が終わったんだから、あいつはもう不要だ」

「セシィ!」

 サイラスが叫びながらやって来る。

「サイラス。逃げずに来たか」

「セシィは、その子は関係ない。放してやってくれ」

「心配するな。おまえが逆らわなければ、この子は殺しはしない。剣を捨てろ」

 サイラスは、背負っていた大剣を鞘ごと外し、放り投げた。

「素手の相手を殺すの? 卑怯ね」

 誘拐犯のセロンに言ってやる。

「私は騎士団にいたので、あいつの強さはわかっている。剣で勝てるとは思えないからな。卑怯と言われても、あいつを殺したい」

 セロンは剣を抜く。何とかして、セロンを止めなければ。

「こちらへ来い。この子を助けたいのであれば」

 私は、首をセロンに抱えられてしまう。

 ゆっくりと歩いてくるサイラス。

「来ないで、私の事はいいの。だから」

「いい訳ないだろう。俺が死んだら、騎士隊に行って、貯まった給金を受け取れ。暫くは生活できるだろう。セシィは幸せになれ」

「嫌よ!」

 私はセロンの剣を持った右腕を掴み、剣を私の首にところに持ってくる。私の首が少し切れて、うっすらと血が滲む。

「何をする」

 驚いて剣を引くセロン。

「サイラスを殺すならば、私も死ぬ。セロンの目の前で死んでやる。それで、妹の墓前で言うがいい。サイラスを殺した。そのために関係のない女を死に追いやったと。サイラスが罪人だと言うのであれば、セロンも、セロンの妹も罪人だ」

「セシィ、止めろ」

 サイラスがやって来る。

「わかった。今回は引いてやる。年若い女の気持ちなど、すぐに変わる。その時は、サイラスを殺す」

 剣を納めたセロンが馬に乗って去って行く。

「セシィ、何てことを」

 首の傷を確かめながら、サイラスが言う。

「私は、サイラスの盾になると、約束したから」

 サイラスは困った顔をしていた。

 

「なぜ、セロンがここにいるの?」

 誘拐事件から数日後、アルマさんの家の隣に、セロンが越してきた。

「元の領主が逃げたので、この領地は我がブレイスフォード子爵家のものとなった。そして、私が父からこの領地の管理を任されたのだ」

「領主代理なら、領主館に住みなさいよね」

「我が家は勤倹質素が家訓なのだ。あのような豪勢なところは合わない。あそこは、改築して孤児院と教育施設にするつもりだ。私はここで十分だ」

「だからと言って、斜向かいに越してくることはないじゃない」

「おまえを心変わりさせなければならないからな。いい男を探してやる。なんなら、私が結婚してやってもいいぞ」

「子爵子息なのに、平民と結婚できるわけないでしょうが!」

「サイラスを殺すためだ。父も許してくれるはずだ」

「復讐のためなんて、そんな不幸な結婚は嫌に決まってるでしょう!」

「サイラスを殺すことを納得してくれるならば、おまえのことは大切にする」

「嫌に決まっているでしょう。おとといおいで!」

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