第4話 秋祭り

「セシィの作る飯は美味いな」

「うん、結構頑張ってる。今日はサイラスの好きなお肉を燻製にしてみたの」

 アルマさんは何でも知っていて、手間暇のかかる肉の燻製方法を教えてくれた。日持ちもするし、味わいも深くなる。今日は厚く切って焼いてみた。サイラスはとても美味しそうに食べてくる。サイラスは何でも美味しそうに食べるんだけどね。

「明日、俺は休みだ。秋祭りに行かないか。頑張ってるセシィへのご褒美だ」

「行く!」

 サイラスがお祭りに誘ってくれた。私の魅力に気が付いたか? 明日が楽しみで寝られないかもしれない


 翌日になった。抜けるような青い空。涼しくなってきた風が気持ちいい。

 私は、アルマさんに教わったお化粧を施した。アルマさんから、少し残った白粉と紅を貰っていた。サイラスのため、サイラスに綺麗と言ってもらうため、私は白粉と紅を塗り重ねた。

 玄関に行くと、サイラスが待っていてくれた。

「化粧したのか? 少し濃いんじゃないか。それじゃ娼婦みたいだ。いつもの方がセシィらしくていいぞ」

 うっ! 私の努力が無駄だった? 仕方がないのでお化粧を落として再び玄関に向かう。

「やっぱり、セシィは素顔の方が可愛いぞ」

 か、可愛い……。そうか、この路線か。いけるかもしれない。

「どうした? 顔が赤いが。体調が悪いのなら外出は控えるか?」

「大丈夫! なんでもないから。さぁ、出発だ」

 私はサイラスの腕を引っ張って、外へ出た。


 私たちの住む町の秋祭りは、私が生まれ育った村の秋祭りとは大違いだった。人が多い。たくさんの屋台が出ている。見たこともない食べ物や、キラキラしたリボンや髪飾りが売られている。古本屋さんもある。

「セシィは、迷子になりそうだな」

「そんな子どもじゃない」

「手を繋ごうか?」

「そ、そうだな、迷子になってもいけないし」

 私は、サイラスの大きな手を掴む。掌には傷痕があった。

「本が欲しいのか。いくらでも買え。俺が持ってやるから」

「でも……、この間も買ってもらったから」

「たった一冊だろ。もっと買え。古本が嫌なら、新しい本を扱っている店を探すか?」

「古本で十分よ。じゃあ、一冊だけ」

 また、宝物が増えていく。

 騎士は、本当に高給取りだった。暮らし始めた頃に渡されたお金は、給金の半分だと言った。残りの半分は私の持参金のために貯めておくと。この国の通貨の価値を勉強して、家賃、水代、薪と油代、洗濯代等の月にいるお金を引いて、贅沢をしなければ十分一か月暮らせると計算した。母は商家の娘。計算も帳簿付けも教えてもらっていた。

 次の週、また同じだけの金額を渡された。なんと騎士の報酬は週給だった。だから、生活には余裕があるけれど、サイラスのお金だから贅沢はできない。

「また、騎士の物語か? 騎士がいいなら、今度、独身のやつを連れて来てやる」

 私が選んだ本を見ながらサイラスが言う。

「大きなお世話よ」

「そうか。必要になったらいつでも言え」

 一生、必要になんかなりませんから。

「あの髪飾り、セシィに似合うと思うぞ」

 屋台に並べられた髪飾りを指差すサイラス。

「贅沢は駄目だって!」

「少しぐらいいいじゃないか。セシィは可愛いから、髪飾りぐらい付けてもいい」

 か、可愛い……。

「本当に似合うと思う?」

「当然だ。いいのを選べ。店ごと買ってもいいぞ」

「一つでいい!」

 サイラスは、経済観念がなさすぎる。一人になんかできない。

 私は、赤い髪飾りを選ぶ。サイラスの髪の色。また一つ、宝物が増える。

 夢のように楽しい秋祭り。永遠に続けばいいと思った。


 人ごみから外れ、家に向かう。

「私が結婚したいと言ったら、どうする?」

 サイラスに訊いてみる。

「どこに出しても恥ずかしくないような支度をしてやる」

「サイラスと、結婚したいと言ったら?」

「それは、駄目だ」

 サイラスは驚いたように首を横に振った。

「私がただの村娘だから? 戦場に売られたような女だから?」

「違う。俺は咎人だ。幸せになる資格など無い。長く生きるつもりはない。いつまでもおまえを守ってやれない。早くいい男を見つけて結婚しろ」

「サイラスは、何をしたの?」

「女を、二人殺した。幸せになることなど許されない」

 私の手を握っていたサイラスの手が離れる。

「女を殺したいの? それなら、私を殺してもいいよ。サイラスが助けてくれなければ、どうせ死んでいた。サイラスが望むならば、死んでもいい」

 サイラスに未来が無いと言うのであれば、私も未来なんかいらない。

「馬鹿な事を言うな! とにかく帰るぞ」

 サイラスは、再び私の手を取って、家に向かった。

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