第7話 交換されない交換日記

 朔夜はもう、私に話し掛けてくることはなかった。


私が無理をして帰ることはしないと告げたからだ。


 私はを信じることにした。


 朔夜は、どうやら、授業も受けず、終日図書館に詰めて風土記を解読しているようだ。


 その、鬼気迫る様子は、誰も寄せ付けない。


 一度話し掛けた時には、


「もう時間がない。異世界の自分が戻る呪文を唱えるまでの制限と、異世界への直列移動十回の、二つの制限があるから、もう炎堂に構っている暇はない。直列十回移動の末にどんなバグが起こるかわからない。だから、完璧な風土記の解析が必要なの」


と言っていた。


 あれから――私から手紙をもらってから、もう一月ひとつきも経とうとしている。


 私は相変わらず、毎日の一分一秒をの私のために頑張り続けている。


 今日もピンク色の夕焼けが、心にすうっと暖かい風を吹き込ませる。


 なんと、美しい世界、私は心からこの世界を愛している。


 ピンクに染まった窓の景色に、風になびく竹林を見つけた。


 そよそよと揺れる竹の葉が、私の心を優しく撫でてくれる。


 私は、自宅に戻り、いつものように夕飯の支度をしていた。


 お兄ちゃんは、いつも美味しいと言って私の手料理を食べてくれる。こっちの料理も沢山覚えた。書き出したレシピは、もうすぐ百に届く。


「このレシピをみたら、あっちの明日菜は喜んでくれるかな? 私の手料理も本当は食べて欲しかった」


 レシピや、授業のノートの他に、私は日記をつけ始めた。


 交換されることがないかもしれない交換日記だ。


 毎日起こった事や、感じた事、思い付くままに書いてみた。


 今日の日記の内容は、晩御飯のメニューである『鶏肉の酢っぱ煮』にしよう。なかなかの自信作で、味見した限りでは、お兄ちゃんは、ご飯五杯ぐらい行けそうだ。


 私はオタマを慣れた手つきでシュッと摘まみ上げて、くるくると指で回した。道具の扱いは、様々な武器で修得済みだ。


 料理の腕も上がったが、料理道具の扱いの方が自信がある。


「さて、そろそろ盛り付けを――」


――カラーン


「明日菜ぁ、腹へったよ、そろそろ飯にしようよ……明日菜……あれ? オタマが床に落ちている……おい、明日菜、さっきまでここにいたよなぁ?」

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