第3話 出会いたくなかった

「おはようございます! たわら先生いますか? 炎堂を連れてきましたよ」


「お、おおそうか、ありがとう――おお! 炎堂! 本当に来てくれるとは思わなかったぞ、ありがとう、ありがとう」


 何か、感謝されている。なのか。


「この前のテストは実は新たな才能をあぶり出すために、数学オリンピックの過去問題を使ったんだ――全校の平均点が四十点を下まわって、校長にしこたま怒られたんだが……でも、でもでもでも! そのテストで百点をとる生徒が現れるとは! 先生嬉しい!」


 俵先生という人から言われるままに、数学の問題を解いた。


 数学自体は、組織に属していた時にそれなりにやったので(兵器のオペレーションと整備調整に必要だから)何とかこなすことができるけれど、一部、全く理解不能な問題もある。そもそも、公式が違うのだ。


 どうやら、ここは、アカデミーの様な場所らしい。研究開発要員を育成するための下層機関にあたるのかもしれない。


 問題を解き終えると答案を提出し、風待と一緒に教室を出た。



 それにしても、この夢の世界は何と言うのだろう……目にうつるもの全てが新鮮で光り輝いている。


 そして、夢にしては鮮明すぎる。私の想像力の遥か先を行っている。


 こんな夢が私の中に生まれてくるものなのだろうか。


 授業が始まり、クラスメートと呼ばれるメンバーと共に授業を受ける。


 全員で昼食を取り、休み時間に笑いあう……あっという間に時間が過ぎて、初めて見た青い空が、だんだんとピンク色に染まっていく。


 故事に記された理想の退屈な世界は、確かにこんな世界なのではないだろうか。


 信じられないけれど、もしかしたら、私は本当に来てしまったのかもしれない。


 そう、この時までは、全く信じられなかった。


 しかし、それを裏付ける人物と出会ってしまった。


 決して、この夢の中では会いたくない者だった。


 私達と共に戦い、裏切り、敵となり、私達を散々苦しめた者。


 かつての最高の友人であり、今や最悪の敵……。


――闇使いの朔夜サクヤ


「朔夜ぁぁ!」


 私は教室の外に朔夜を見つけると我を忘れて襲い掛かった。


 いつものように両腕を延ばし、大きく両手を開いて二度と外さないように狙いを定める。体中にアドレナリンが駆け巡り、その熱量は意思を持って手のひらに集中する。


 手のひらの真ん中が熱くたぎる。


そして――


(え? 出ない……炎が……使えない!?)


「明日菜……やっぱり、あなた、あの世界の明日菜なのね? まさかとは思ったけれど、念のため殺しておこうかと思ったのに……邪魔さえ入らなければね。まだ、あなたの首に私の手のあとが付いていない?」


「黙れ!」


「うふふ……夢でも見ている気になっているの? そうね、死に損ないには夢にしか思えないかもね、あの時死んでいれば良かったのに……あの時の大毅の様にね」


 私は再び朔夜に襲い掛かった、炎が使えないのならばそれでもいい、この拳で殴りつけてやりたかった。


 何度でも何度でも、朔夜の息が途絶えるまで……しかし、そうは出来なかった。


 後ろから風待に羽交い絞めにされて動けない。元の世界ならば、風使いなんかには負けはしないのに……この世界では男の力には敵わない。


「相変わらずね、ちょっと話しを聞きなさいよ。しばらく休戦にしない? どうせ、この世界で争ったところで何にもなりはしない。私はちょっとこの世界でやることが出来たの……そうね……あなた、戻らなくていいの? あの世界に。仲間達を置いて、そんなひらひらの服を着て、のほほんとしていていいの?」


「朔夜……あなたは許せない……」


「炎堂、少し落ち着け。何だかわからないけれど、今のお前は何だかダメだ……何だかわからないけれど……」


 風待も、朔夜には恨みがあるはず……でも、怒らないのね? やはり、本当に私と朔夜は異世界に飛ばされたのか……この風待はあの風待ではないのか。


 そうだ、そうとわかれば帰らなくてはならない。みんなを放って置いて、一人で夢の世界にいる事なんて出来ない。


 手段を選ぶ暇もない。


「朔夜、あなた、知っているの? 帰る方法を知っているの?」

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