第2話 故事に綴られた理想の世界

――苦しい……息が詰まる……。


 私はやっぱり、このまま死んでしまうらしい。首が締め付けられて息ができない。抵抗しようにも体が動かない。


 もし、このまま死んでしまうのなら、最後にとびきり楽しい夢が見たい。


 これまでの戦いの生活には無かったような、とびきり楽しい夢を……。



「――炎堂、おい、炎堂! こんなところで素っ裸で寝ていたら風邪引くぞ!」

 

 遠くから声が聞こえる。


風待かずま、お前、シャツを脱げ」


「えー? 大毅たいがくん、俺が脱ぐの? 大毅くんが脱げばいいジャン!」


 風待……風待がいる。また夢か……。


「さっさとしろ! ほら……よし、それでいい。シャツを明日菜にかけるんだ」


「うむ……炎堂――デカイな」


「なに言ってるんだ! さっさとしろ!」


「だってさあ…… …… ……」



 気が付くとまぶしかった。


 ずっと視界を奪われていた私には、明るく光るまぶたの裏側が新鮮だった。目をつぶっているのに、眩しくてかなわない。


 一体何が起こったのかわからない。


 ただ、これまでに感じた事が無いような安堵あんどに包まれていた。


 ずっと昔に無くしてしまった、大切なもの……あれはなんだったか、思い出すにも時間がかかりそうだ。


 私はゆっくりと、目を開けてみた。


 木製の天井が見える。


 古いけれども、とても清潔で荘厳そうごんさすら感じる。


 ここは、博物館か、美術館か、まるで、おとぎの国に迷いこんだ様だ。


 天井に感動している場合ではなかった。


 辺りを見回すと、これまで見たことのない物ばかりが目に飛び込んできた。


 壁も、紙の貼られたドアも、草の細い茎で作られた床も……これは夢か幻なんだ、だって、あの監獄から簡単にのがれられるすべなど思い付かない。


「目が覚めたか……明日菜、お前、心配したんだぞ、深夜になっても帰ってこないから、風待に連絡してみたんだ。そしたら神社に行くって聞いたって……まさかと思ったが、行ってみて良かった」


 何だか、不思議な声……初めて聞いたのに、聞いた事があるような気がする。


「まだぼうっとしているのか……でも、学校へは行けよ」


「おい炎堂、後で迎えに来てやっからよ、今日は一緒に登校しようぜ」


 今のは、風待の声だ。


「風待、よろしく頼む…… …… ……そうだ、一応約束……ら、明日菜からの明日菜への手紙は渡しとく」


 知らないけれど、懐かしい声の主から、私は手紙を握らされた。




――異世界から来た私へ

 数学部に入る事になっているから、入部してください。


「ちゃんと、母印も押してあるぞ…… …… ……」


 私はまた、深い安堵の内に眠りに落ちた。



 風待が迎えに着た。


 どこかへ連れ出される。


「相変わらず、ボーッとしてんな、まあ、いつもそんなもんか、最近の炎堂は変だもんな」


 風待が笑っている……。


「でも、良かったよ、大毅くんが連絡くれて……じゃなかったら、まだお前、神社でハダカで寝てたぜ」


 タイガ? 今、タイガと言った? 


 そうか、やっと納得した。これは間違いなくだ。


 初めてだけれど、聞いた事がある気がする声の主は、大毅お兄ちゃんのものだったんだ。


 私が十歳の時に、私をかばって亡くなってしまった、大毅お兄ちゃん……最期さいごの夢に出てきてくれたんだわ……しかも、成長して、声変わりもして、たくましくなったお兄ちゃんの姿で……。


 だったら、この世界は、いにしえの故事にあった退に違いない。


 私が望んでいたように、みんなの最終目的地へ来たに決まっている。


 よし。だったらしっかり楽しもう。私が死んでしまう前に見られる最期の夢を……。


「風待、これからどこ行くんだっけ?」


「お前、やっとしゃべったな、しかも、口を開けば……学校だよ! 決まってんだろ? 俺は意外と真面目なんだよ」


「ふーん、そっか、じゃあ、私が今着ている服は制服ね! 私、知ってるんだから!」


「あ、そうかい、『制服を知っている』なんて事を随分、誇らしげに語るねぇ……まあ、いいか、もうなんでもいい、元気ならいいよ」


「あと、数学部ってなんの話? お兄ちゃんが、数学部に入れって言ってたの」


「ああ、そうだったな、数学部は試合の前だから朝練してるぞ、図書館まで送っていくよ」

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