とおりゃんせ異世界 ~side B~

柳佐 凪

第1話 戦う事が生活だった

 私、炎堂えんどう明日菜あすなは虐げられる人達のためにこの身を捧げます。


――そう心に誓ったのはまだ十二歳の時だった。


 この世界きってのファイアースターター、そして、レジスタンスのエース。


 紅蓮の炎堂と呼ばれ、憧れの存在で有り続ける事が、世界の希望になる……みんなの期待に応えるため、歯を食い縛って生きてきた。


 しかし、その名声も地に落ちた。


 単純なミスから組織の罠に落ち、異能力無効化フェライト素子の拘束具に包まれ、私は今、投獄されている。


 もう、幾日をここで過ごしたのだろうか、身動き一つ取れず、視界も奪われ、食事さえも許されず、直接血管へ流し込まれる栄養だけで私は生きている……。


 いや、生きていると言ってよいのだろうか……きっと、いつか何かに利用されるためだけに、命を棚上げされているに過ぎない。


 小指一本動かない。


 体を拘束されると、心もだんだん縛られていくのだと、初めて知った。


 私は、誰にも負けない精神力を手に入れた……つもりだった。


 でも、今の私は、どんどん気弱になっていく。


 きっと仲間が助けに来てくれる、と強く信じていた心は、いつしか、みんなの邪魔にだけはなりたくないと、願うばかりになってしまった。


 みんな……どうしているかな?


 風待かずまは笑っているかな?


 昔はよく笑う子だった。


 いつの間にか、めったに笑顔を見せなくなってしまった幼馴染み――風使いの風待の姿が遮られた視界の内側に浮かぶ。


 笑っている……これは、幼い頃の風待だ……。


 二人で空を見上げていた。


「ずっと昔、空は青かったらしいね……」

と、一生懸命に青い空を想像した。


 いつか、一緒に見られるといいね、と笑いあった。


 そうやって、生まれた時から、こんな、砕けたコンクリートだらけの荒野で生きてきた私達にも、夢を見る事だけはできた。


 そして、ある日、希望の光が射した。


 この無秩序な世界に新しい秩序を築こうと言ったあの男だ。

 新しい世界のリーダーにふさわしいと誰もがたたえた。


 しかし、その新しい秩序とは、その男のためだけの秩序だった。


 私達は騙された。


 食べられず、夢も見られずに死んで行く子供達。


 希望もなく、他人を傷つけて奪う事しか知らない大人達。


 彼らを救おうと、一緒に戦おうと、あの男に誓い、ある時には、新秩序のためと言う言葉の前に、村を一つ焼き払った事もあった。


 しかし、全ては裏切られた。戦っても戦っても、伝説の退は訪れる事はないと気が付いたその時、目が冷めた私達は組織から脱出する事を決めた。


 異能力者集団だった組織から、


 炎使いの私、

 風使いの風待

 稲妻いなずま使いの雷同ライドウ

 電子使いの竜斗リュート


 を中心としてレジスタンスを結成し、抑圧された人々を解放するため、組織に対抗を初め、連戦戦勝を突き進んだ。


 そのかたわら、トリーゲートを使ってアクロッサーとなり、異世界を旅した。


 故事こじつづられた理想郷である、退をいつか探し出し、この世界のしいたげられた人々を全て移住させるのが最終的な目標だった。


 そう、目標だった……。


 今ではもう叶わない……。


 ただ、仲間の無事を祈るだけの日々だ。


 もう、あきらめよう。私がここに生き長らえている事は、仲間にとっての不利にしかならない――とは言え、死ぬ事さえままならない。


 これまで、私は、自分の力で世界を切り取る事を貫いてきた。


 戦う事が生活だった。生きる事とは戦う事だった。


 しかし、今となっては、それさえも叶わない、ただ、すがるしかない。


 だれか、この身を開放して欲しい……私を自由の身にして、せめて仲間の負担にだけにはならないように、どうか、私をここから連れ出して欲しい。


 そうやって、あきらめと変わりのない願い事を心につぶやいた時、ぐらりとめまいがしたかと思うと、私の体は落ちて行った。


 一瞬にして、あの、ぎゅうぎゅうと体を縛っていた拘束具から体が開放され、体中が大気を感じたと思ったと同時に、重力に引張られて、私は更に落ちて行った。


 疲れ果てて、眠りに落ちていく、あの感覚に似ている。


 もしかしたら、これが死と言うものかも知れない……。

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