第6話 異世界からの帰還
人は弱い。いや、弱いのは俺だ。弱いのは人間ではなく俺だ。主語を大きくしてはならない。そう、俺は弱い。俺は強くない。そんなことはない十分に強いよと他人に言われて自分もそうなのだろうと思うのはそう思い込んでいるだけで、ただ自意識過剰なだけだ。本来の自分を見失っているのだ。かといって弱いと思い込んでいるだけで、本当は強いというのも違う。本当は強くないのだから、弱いというのは思い込みではない。前提が間違っている。
異世界から帰還した俺の記憶は幸いにも半分ほど残っていた。そして同時に俺の体から半分ほど何かが抜け落ちていた。そのせいなのか意識がはっきりとしたときにはすでに歩いていた俺の普段の帰り道がどこか新しい場所のように感じた。久しぶりに故郷に戻ってきたら区画整理で街そのものが変貌してしまったような感覚だ。きっとこれが彼女の話していたジャメブだろう。それでも、そこに幸せを見出すことができなかったのは、錯覚することができなかったのは恐らく欠落したのが半分だったから。先ほど俺の残っていた記憶は半分ほどだといったが、それは異世界での記憶のことで現世での記憶に欠落はない。失ったのは俺の感情の半分ほどだ。もちろんこの半分というのも俺の感覚でしかないのだから、正確ではないだろう。異世界に行って、帰ってくると何が己の身に起こるのか。それを理解している今なら、きっとこの偽物の幸福に烙印を押すことができるだろう。さすれば人々は自分の幸せだと思っていたこの感情は間違いであることに気づき、再び幸福探しの旅へと出立することができるはずだ。人間は幸福を定義してはいけない生物である以上、俺はそのような紛い物を見つけたならば必ずつぶさないといけない。それは俺の信念にも繋がるからである。
人間は一人では生きていけない。俺はこのように考えている。独りで生きていける奴は、それは生命活動を終了させない程度の生きるでしかない。少なくとも俺の生きるはそれじゃあない
俺が生きるためには、生きていくには必要なものがある。俺はそれを取り戻さなければいけない。誰のためでも、異世界に心を奪われてしまった彼女のためでもなく自分のために。全ては弱いであるが故の宿命。
「理想の通らない現実で理想を突きとおすのが俺の理想だ。確かに感情は理論的でも効率性に優れたものでもないが、原動力になることはある。何が悪いかではなく何が良いかを」
俺はもう一度異世界へ行く決意をする。次こそ、今度こそきちんとした感情を持っていくんだ。そして、それで取り返す。もう絶対邪魔なんてさせない。
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