第3話 異世界入り口
「はーい、いらっしゃいませー。最後尾はこちらでーす。最後尾はこちらになりまーす」
放課後。俺は噂の異世界への入り口世界各地にあり、なんとすぐ近所にもあるとのことで、早速友人に教えてもらった場所に来た。しかし、思ったよりも人が多くて早速滅入っている。やはり流行りなんだろうな、異世界。
それでも意外と列の流れは早く進んだ。見かけ倒しの蛇列に流されること約十分ほどで異世界への入り口がある建物の中に入ることが出来た。列で待たされているときに受け子の人――受付が人間で良かったと安心――がやってきて時間と専用の時計を渡され、あとは注意事項が記された紙を読んでいたので殆ど待たされた感じがしなかった。これに新世界へのわくわくを追加すれば、この人の多さに対する歪力はゼロと言って差し支えない。
俺はとりあえずお試しなので、一時間コースを選択。渡された時計の針を一時間後に設定し、左腕につけ、執拗かつ間欠的入念なチェックをスタッフから受けて建物内へ。建物の外見はどこかのアトラクションランドの一つのような外装で、びっくり箱や飛び出し絵本のような見てくれだったのだが、いざ中に入ってみるとそれはどこか近未来的世界を連想してしまうようなほど綺麗で広いところだった。先ほどのチェックと人の多さによって空港のロビーにいるような気分になった。
俺は無人自動支払機に千円を投じてから、入り口への列に並んだ。領収書と同時に排出された異世界への注意事項と説明が書かれたパンフレットによれば、ここにいる間、時計の針は動かない仕組みで異世界のみで動く代物だという。また、三つほどある扉から好きなコースを選んで異世界へ向かう仕組みになっているらしい。扉の上の案内表示には初心者、中級車、上級者とそれぞれ書かれており、初級者には希望すればもれなく現地ガイドが付いて案内してくれるらしい。観光目的のミーハーは、大体このコースを選択するのだと俺の友人は言っていたし、もちろん俺も初心者コースを選択。料金はどこを選んでも変わらず一律。しかし俺にはその差はパンフレットをいくら読み込んでも理解できそうになかった。
その時、ちょうど俺の後ろにいた人が話しかけてきた。歳は俺よりも遥か上の方で、きれいな白髪をオールバクにして、品の良いワイシャツを着た平たく言えばおじさんだった。彼は、
「もしもし、お一人ですか?」
と声を掛けてきた。
「ええ」
と答えると
「そうですか。いえ、私も一人で来たのですがこういうのは初めてなもので、少々不安でして声を掛けてしまいました。迷惑でしたら申し訳ない」
いえ、そんなことはないですよ。私も初めてなんです、異世界。
「そうでしたか。いやなんでもその、異世界とやらに行けば幸せになれると小耳にはさんだもので、恥ずかしながら仕事に費やしてきた人生を振り返れば幸せというのが今ひとつわからなくなってしまいまして。騙され覚悟で来てみたのはいいのですが、若い方が多くて正直私のような人間には場違いだったのかと思ってしまいまして」
彼はそんなことをすらすらと、控えめな表情で周囲に時折目線を配りながら俺に話した。俺はこのおじさんお気持ちが少しだが分かったような気がした。周囲の流行りや価値観に反発して自分の道を歩いてきたはいいが、果たしてそれは幸せと呼べるのだろうか。自分のためになっているのだろうか。所詮、余り物の悪あがきにしかなっていないのが現実だろう、と。そんな人生を歩んでいれば、幸せになれる方法なんてものを目の前に差し出されたとき、そういう類の物に騙されている人間をバカにしてきた自分であったはずなのに、それに一番騙されやすい状況に陥っていることを自覚しながら手を出してしまう。騙された覚悟でやってみよう。普通の人がやっている普通のことを。少し遅くなってしまったが、何事も遅いってことはないって言うもんだし。普遍的常識が己の常識でないとき、その平凡に染まるのはとても勇気のいることなのだから、と。
俺は、そのおじいさんに「ええ、わかりますよ。そのお気持ち」と言い、お互いに会釈してから話を終えた。実際辺りを見渡せば複数名の友人やカップルなどが初心者が多く、確かにおじさんが気まずく感じるのも無理はない。
中級者にまで残ったのはその中の猛者同士で仲良くなった人たちがそれぞれ小規模に集まって列を成しており、上級者にまでなると服装が意味不明なほど戦えそうな装備になり、表情も硬く険しい。殆どが多くの戦場を潜り抜けて来た猛者的ソロプレイヤーのように見えた。
そしてこれは結果論だが、俺はこのとき見たこの状況をもっと深刻視するべきだった。これこそがすべての伏線で、
***
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