第2話 異世界の噂
それは先日、俺が前の席の同級生の女子からこんな話を聞いたことから始まる。
「ねえねえ、天利は異世界にはもう行った?」
異世界? なんだ、それは。俺はそんなもの聞いたことがない。何かテレビの話か?
「え? 知らないの? ああ、そういやスマホもパソコンもないんだっけ。うーん、情報に疎いのは知っていたけどここまでとは」
そんなに有名なのか。その、異世界というのは。
「そりゃあもう、最近はこの話で持ちきりじゃないかな。テレビをつければいつも新しい特集を組んで、次々に新しい情報が流れてるしね」
なるほど、異世界が著名なのは分かった。しかしそもそも、俺はその異世界について詳しくない。どこか外国のテーマパークか?
「違う違う。ほら、よくあるでしょ、アニメとかで。トンネルの向こうは異世界でしたって」
ああ、あの銭湯の話。それなら昔、映画館で見たことがある。ふむふむなるほど、そういうのが異世界か。なんとなくわかってきたよ。それで、君の話す異世界というのは何がそこまで面白い場所なんだ?
「そりゃあ、もう全部が違う! なんていうかファンタジーな感じなんだよね。蝶が話しかけてくれたり、プテラノドンみたいな翼竜がいたり、ラクダのごっついのがいたり。森とか河とか湖とかもあって。あ、そうそう、その湖の中心にある島にはお城があってね、そこには王様がいるんだって。普段は立ち入り禁止だから、誰もいくことができないんだけどこの間テレビで城の中が放送されたんだ! 世界初だって!」
城? それはどんな城何だい?
「うんと、白い城だね。真夜中に月明りで浮かびあがるようなお城。内装はヨーロッパみたいな感じ」
教会とか?
「そうそう、そうなんだよ。すごく天井が高くてシンデレラに登場する舞踏会みたいだった。えっと――ほら、これこれ」
俺は二枚の写真を友人のスマートフォンで見せられた。一枚は城の外観を写したもの。彼女の言う通り、外壁は白く、囲む湖は堀のようだ。湖はだいぶ広く、正確な広さは分からないが北海道の支笏湖ぐらいだろうか。そこには見たこともない巨大な鳥が三羽ほど翼を広げており、湖を取り囲む草原には何か動物がいる。ちらほらと人影も見えることから異世界とやらに人が冒険しに行っているのは確かのようだ。二枚目は城内の写真。テレビ放送時の物と思われ、欧州の教会ほどきらびやかな装飾はないが、確かに天井は必要以上に高い。エントランスと思われる場所も踊りだしたくなるほど広い。彼女の言ったとおりである。
「どう? すごいでしょ」
彼女は満開の笑顔で言った。そんな誇らしげに言われても仕方がないのだが。
まあ、確かに写真を見る限りはこの世の物とは思えないので、興味はそそられる。
「それとね、疲れが取れるんだってさ」
へえ、自然に癒されるとか?
「ううん。違うの。行って帰ってきたら、今度は現代の世界の物が新鮮に思えるんだよ。見慣れているはずの車とか、コンクリの建物とか、電線とかがまるで初めて見るかのように感じるんだ」
なにそれ? ジャメブ?
「なにそれ?」
既視感の反対で未視感ってこと。デジャブの反対語だよ。そうだな、まあ君の言っているような普段使っている通学路が、一度も通ったことのない知らない街の道のように感じるってことさ。
「ふーん、そういうことかな。うん、まあそれかな。それそれ。要はストレスとか、もやもやとかが無くなって、すっきりした状態で帰って来れるってことだよ。最高の気分になれるんだよ」
君もすっきりした気分になれたんだね。
「うん。なんか今までに経験したことのない感覚で、うまく言えないけど。たぶんそのデジャブの反対って感じ! 幸せな、幸福な気分になれるの」
幸せ、か。
「……うん? どうしたの?」
いや、なんでもない。
俺はここまでの話を聞いて、その世界のことを考えた。
視界一杯に広がる草原と鼻を衝く草の匂い。圧倒的威圧感で異世界を醸し出す空がその先に湖がある。中心にはファンタジー物語に出てくるシンデレラ城。巨大な翼竜に頑丈な足を持ったラクダのような生き物が住み、きっと他にも見たことのない生き物もいるんだろう。そして、その新しい世界を感じることで、ジャメブを感じられるほどの爽快感によってストレスが解消される。
この非現実感満載の謳い文句に俺はすぐ虚構ニュースか科学空想読本かなにかだと考えた。世間の文化物に影響されやすい彼女の妄想が膨らんだものか本当にデマだと思ったのだ。
しかし、現実はそうはいかない。そんなものは俺の思い込みと偏孝と無駄な常識的価値観が産み出したものにすぎないのである。なぜなら異世界なるものは本当にあるのだ。
この話をしていたら普段話す機会さえ生まれなさそうな女子が、ここぞとばかりに嗅ぎ付けて見事に同じ事を目の前で話始めた。音量が大きくなった世間話はクラスに響き始めて、やがて共鳴を始めた。多くの人間が同じ事を口にすることから、俺はこの話を信用し始めた。あれ?これは最近のトレンドである以上に普遍的事実つまり常識になりつつあるのか。
これほどまでに人々を魅了しているその世界には何か特別なものがあるのかもしれない。そういう意味では興味が出てきたので、俺は近々異世界に行ってみようかと思い始めた。今日の放課後は空いていた気がする。
「俺も行ってみようかな」
「お、珍しいね。やっぱり幸せになりたい?」
別に幸せになりたい訳じゃあない。幸せになれなくてもなりたいものになれればそれだけで良いのだから、俺は特別幸せに固執して求めているわけではない。それでも興味はある。なお、この好奇心はどうにも抑えられないようだ。
その異世界っていうのが並行世界なのか、マクロコスモスなのか、ワームホールによる別地点であるのか、はたまたエヴァレットの他世界解釈とかコペンハーゲン解釈とか、そういう量子力学的世界が実現したのか。それこそ本当に別の、この宇宙以外のどこかにある異次元世界なのかは分からない。いくら似たような理論を並べてもそれは推論にしかならないので考えるだけ凡人には酔狂な余興にしかならない。だからこそ、きっと科学者も血眼になって足を運び、その実態を解明しようとしていることだろう。そして、そんな不可思議な世界は幸せになれる観光地となっている。地球以外が地球にあるなんて、それだけで行く理由になる。ミーハーでなくても行きたくなるさ。
「でも三時間が限界ってところが、ネックよね」
え? 異世界って三時間しか行けないの?時間制限があるのか……。
「いや、厳密にはそうじゃないんだけど、でも高校生の小遣いじゃそんなものでしょ。一時間千円も掛かるんだから。やーそれでもあちこち探検するんなら最低そのぐらいは欲しいよね」
へーそうなのか……。
……そうなのか。異世界って金とるのか。
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