04 始まりの街に向けて


 ――透きとおった青さで、どこまでも遠く高く……蒼穹と比べた、人の小ささよ。


 どうか詩的になることを許してください、黒歴史を繰り返してでも認めたくない現実が、ワタシのことを苛めるんです。

 嗚呼、父よ母よ。どうか泣かないでください。貴方の息子は異世界で元気に女の子しています。


「あ、待って。涙出てきたわ……」


 自虐では傷が深くなるばかりだった。いくらポエットリーでも十年以上過去のことでも、傷は傷。黒歴史(過去)と三次元(現在)が合わさり最強になってワタシを殺しに掛かってくる。致命傷ですよコレは。


 ――涙が出ちゃう、女の子だもん。


 死体蹴りはヤメロ。大丈夫、まだ大丈夫だ。身体が女の子になって、胸はそんなにないけどお尻は大きめで太腿がムチムチしてて、獣耳と尻尾が生えただけだから……やっぱダメな気がしてきたわ。

 足の間を通して前に持ってきた尻尾を胸に抱いて顔を埋める。見ては狼か狐の尻尾に似ているように感じるが、とても大きく真っ白な毛のふわふわもふもふとした感触が、抱き枕にするのに極上だった。


「君だけだよ……ワタシのこと分かってくれるのは」


 尻尾に顔を擦りつけ、ふわふわ、もふもふとした毛並みが肌の上を滑ると、少しだけ心が落ち着くような気がした。永遠とこうしていたい。

 きゅっ、と力を込めて抱きつくと、全身が柔らかな綿毛の中に沈んでいくような感覚に包まれ、尻尾の固い芯の部分が股座をいい具合に絞り上げてきもち


「そこから先はヘブンだっ! ……危なかった。もう少しで道を踏み外して別世界に踏み出すところだった。ここは危険だ、こんな所に居られるかっ! ワタシは街に行くぞ!」


 慌てて尻尾を放し、四つん這いでぶるぶると身震いをしてから起き上がった。小高い丘の上から見下ろす街並みは遠く、にもかかわらず巨大すぎる大樹は今にも迫ってきそうなほどで、距離感が狂っているせいか徒歩でどのぐらいかかるのかも正直よく分からない。


「というかすごく自然に身震いしたけど、ダメだろ。さっきから一人称もワタシになってるし。そして、それらを変と思えないあたり末期だよな。……いやいやいや、沈むなワタシっ! 諦めるんだっ! そう全てを流し、観光のことだけを考えよう」


 こうなってしまったものはしょうがない、全てを忘れファンタジーで頭を埋め尽くそう。そして道すらないここから、どうやってあの街まで行けばいいか考えよう。

 おでこに手を当て、じぃっと目を凝らして街までの距離を測ってみる。正確なところは分からないが、この距離を普通に歩いていたら丸一日ぐらいはかかってしまう気がする。そうなれば観光どころではない。

 うんうんと、無い知恵を絞りだそうと頭を抱えていると、精神状態に影響されてか獣耳がへたっ、と下がってしまった。

 

「うん? あっ」


 失念していた、そう今のワタシは獣人であった。その身体能力がどの程度かは知らないが、ごく普通の運動不足サラリーマンより幾分かマシな筈だ。なんと言ってもファンタジーの獣人と言えば、身体能力の高さが売りだと相場が決まっているからな。


「ふふふ、しかもこの身体は神様作の特別製。全力で走れば5・6時間ぐらいで着けるかもしれない。まさに、ひとっ飛びというやつだ!」


 そうとなれば話は早い、全身の筋肉をぐいぐいと動かしストレッチをする。怪我をしないとはいえ、急に走り出したら危ないからな。


「さて。それじゃあ異世界ファンタジーは始まりの街に向けて!


 初めの一歩、とーんだっあ゛?!」


 全力を持って一歩目に挑んだワタシは、ドォンッ! という重低音を響かせて、ミサイルの如く広い青空に向けて撃ち出されていた。


「あぁっあっあっあぁあああぁーーーーーー!!!」


 ごうぐおう、と風を突き破っていく音を聞きながら、ドップラー効果に乗せた悲鳴を上げている時には、街はすでにもう少しというところまで迫ってきていた。


――まさに、ひとっ飛びだな……。


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