05 親方! 空から獣っ娘が!
「て悠長なっ?! あ゛ぁ、待って待って! このままだと着弾しちゃうぅ!!!」
あと数秒もすれば街に続く門の十数メートル手前の固そうな地面を、我が身をもって撃ち抜くのが容易に想像できた。
そのくせこの身体の性能故か、視界の中を流れていく舞い上げられた草葉や塵一つにいたるまでがはっきりと知覚でき、わずか数秒の恐怖だったはずが十分にも二十分にも感じられた。
しかし、それだけの体感時間を得ても、恐怖に痺れた脳が明確な打開案を弾きだすことはなく。纏まらない思考がごちゃごちゃと入り乱れ、真っ白に染まった頭の中を探ってみても、意味のない言葉がまとわりついてくるだけだった。
(どうする、どうするっ?! どうしようもないけど、どうにかしないと、どうすることも出来なくなって、どうにかなっちゃうのは明確で、でもどうやって……? あ、)
いつの間にか、地面は手を伸ばせば届くところまで迫っていた。
――これ間に合わないわ……。
「ひぃっ。た、たすけ」
恐怖に引きつった喉は掠れて悲鳴を上げるのも儘ならず、身体を丸めることしか出来なかった。
身を竦ませて、これから襲いくるだろう衝撃に凍りつく。
しかし、固く閉ざした視界の中でいつまで待っても、それらしい音も感触も伝わってこなかった。
恐る恐る、ゆっくりと慎重に、片方だけ目蓋を持ち上げてみる。
「……へ? ど、どうなってんの?」
爪先のわずか数十センチ先、荷馬車や人が通る度に踏み固められたであろう地面がそこで止まっていた。しかし今回は体感的にゆっくりと時間が進んでいるという訳ではなく、私の身体が空中で動きを止めているようだった。
困惑に安堵を加えて余計に回らなくなった頭のまま、辺りを見回してみる。
すると、小さくて半透明の何かが薄ぼんやりと発光しながら、周りをふよふよと遊泳するように飛んでいた。それも1匹や2匹どころではなく何十匹とワタシに群がっている。
「えっと、助けてくれたん、ですかね?」
それは海の天使ことクリオネのような姿をしており、小さな羽らしきものをぱたぱたと振りながら、肯定するようにすり寄ってきた。
「あ、ありがとうぅ。うぅ、自分ではどうにもできなかったので助かりました。本当にありがとうございますぅ」
自分でも情けなくなるような声で、ペコペコと頭を下げながら礼を言っていると、身体が徐々に下がっていき、ようやく地面に足が着いた。
「あれ?」
しかし踏みしめた地面に硬さはなく、ふかふかとした高級絨毯のような感触が返ってきた。見た目とのギャップに思わずしゃがみ込み手で触れてみると、入念に耕したばかりの畑のようにきめの細かい柔らかな手触りだった。
「どうなってんだ?」
そう誰に向けたわけでもなく独り言ちると、土の中からひょこりと、またも小さな発光体が顔を出した。今度のはミミズのような姿をしており、土の中に半ば埋もれながら顔だけをこちらに向けているようだった。
「えっと、お気遣い? ありがとうございます」
一応、礼を言って頭を下げると、向こうもぺこりと器用に返してきた。どうにも彼らは言葉を理解できるようだった。
「あの、本当にありがたいんですけど。街道をこのままにしておくと、他の人たちが困ると思うので、戻してもらっても?」
相手の様子を窺いながら尋ねてみると、ミミズのような彼はもう一度土の中に潜っていき、次の瞬間にはしっかりとした土の固い感触が足の裏に伝わってきた。
「ありがとう」
もう一度顔を覗かせたそれのチンアナゴ的な可愛らしさに、無意識に微笑んで返すと、もじもじと身体を揺すってから隠れるように土の中に引っ込んでしまった。もしかしたら恥ずかしがり屋なのかもしれない。
「はぁ~、本当に助かったぁ。しかし一時はどうなるかと、特に目の前に地面が迫ってきた時なんか、背筋がぞわぞわっとして下腹部がきゅうぅっと………………はっ、まさか!」
気付いてしまった……気付いてしまったからには、確かめずにはいられなかった。
サーッ、と血の気が引いていくのを感じながら、恐る恐る股間に手を持っていき、そぉっと撫でてみる。
「……良かった。大丈夫みたいだなっ!」
ちょっと湿っている気がしないでもないが、それは汗だから大丈夫だった。獣人の鋭敏な嗅覚が極僅かに香ばしい匂いを拾ったが、これも汗の匂いだからなんの心配もいらない。
「ダイジョウダイジョウブ、世界ハ今日モ回ッテルカラ」
クリオネのような彼らが慰めるように、柔らか微風と共に頭を撫でてくれるが、落ち込むことなど何も無かったというのに何を慰めるというのか、それが分からない。
カラカラと乾いた笑いが独りでに溢れだすのをそのままに呆けていると、背後からザリッと靴が砂を噛む音が聞こえてきた。
「えっと。そこの貴女、大丈夫?」
聞こえてきた春の陽気のように柔らかな声に慌てて振り返ると、二十代半ばの美しい女性が腰を屈め、太陽の光を束ねたようなブロンドの髪を風に揺らしながら、こちらを心配そうに覗き込んでいた。
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