03 ようこそ異世界!
初めに感じたのは柔らかな土の匂いと、頬を撫でる若草のくすぐったさだった。
「ぅ、ん」
それから逃れようと何度か身をよじったところで、いつもとは何か違うことに感づき目蓋を開く。寝起きのように霞む眼を擦りながら上半身を起こすと、爽やかな風が一塊になって体の表面を吹き抜けていった。
「なんで部屋の中に草が生えてんだよ、いやマジで……笑える草生えるわ」
――我ながら、今すごいくだらないこと言ったな。
自己嫌悪に沈みそうになる頭をなんとか持ち上げ、辺りを見回してみた。
「おっ、おぉおおお!!!」
小高い丘の向こう、長く伸びる草原の彼方、まず目に飛び込んできたのは天を貫くような巨大すぎる大樹だった。
「おっおっおっおっ、ぉおおお!」
興奮のあまり自分でも意味の分からない声を上げながら、腹の底から湧き上がってくる熱に急かされるように駆けだしていた。脚で草むらをかき分け、腕で風を切りながら、自分でも驚くような速度で一息に丘を駆け上がる。
「マジか……マジでファンタジーだっ! すっげぇええーーーーーーーーー!!!」
――夢だけど夢じゃなかった……今なら分かるぞ、その心!
峰が長く続く山々の麓、くり抜かれたように広がっている盆地にその大樹は起立していた。まさに世界を覆い尽くさんばかりに広がった樹冠は山頂にまで影を落とし、ざわざわと風に遊ぶ葉音がここまで聞こえてきそうだった。
大樹の根元から円形に広がっている街並みは、木造りの家が多く、その間を石畳の道が整然と走っている。全てが現実感を超えた美しさだった。
「くうぅっ。異世界キタ――――――――――(゚∀゚)―――――――――――!!!」
体の内側から滾ってくる万感を、腹の底からの声に乗せて叫び上げた。両手を天に突き上げ、全身を使ってはしゃぎ回る。その時になってようやく、俺は自分が何やら日に焼けたような、淡く茶の混じった紙を握りしめていることに気が付いた。
「ん? なんぞこれ………………は? はあ゛ぁあああぁあーーーーーーーー?!」
その謎の用紙に書かれていた内容に、俺の喉から先程と同じくらい大きな叫び、というよりは悲鳴が上がっていた。あまりの内容に頭が追い付かず、俺は確認の為に声に出してもう一度読み返した。
「『――君がこれを読んでいる頃には、僕はこの世にいないだろう……。』
知るかっ! いや、落ち着け俺。相手は自称とはいえ神様。この世にいないのはむしろ普通のことだ。……つ、続きを」
「『まあ、それは置いておいて。これが君の手元にある頃には、君は異世界のいずこかに降り立っていることだろう。そこから君が何をしようと自由だけど、その前に今一度、君の現状を知らせておこうと思う。
まず名前だけど、元の世界での名前のままでも良かったんだけど、それじゃあ名前を呼ばれる度に現実のことが頭を過って楽しむのに没頭できないだろうから、僕から新しい名を贈らせてもらうことにしたよ。
君の新しい名前はtoidi(トイディ)。君の世界のドイツという国で、幸福と成功を祈る魔よけのおまじないである「toi toi toi」と、英語の二倍とか二重の意味を持つ接頭語の「di」を合わせて命名させてもらった。なかなか良い名前だろ?
でも「ディトイ」じゃ読み難いし字面も良くないから、逆にして「トイディ」。呼び名は「イディ」ってのが良いんじゃないかな。
あと、君にあげた能力に関してだけど。君の要望を100パーセント叶えた上でその世界に合うように、わざわざ僕が改良しておいてあげたよ。内容は「超愛庇護」。
君が要望した、死亡や攻撃の対象にならないのは勿論。その世界にいる存在は、たとえどんなに位の高い存在、それこそ王どころかドラゴンロードや精霊の
それに合わせて身体の方もちょっといじらせてもらった。具体的に言うと、君は今、獣人の女の子になってる。なんと言っても男が寵愛を受けてるのを見てもおも、いや気持ち悪いからね。君だって男の姿で男女構わず無限の可愛がりを受けたくはないだろう? だから寵愛を受けるに相応しい姿にしておいたよ。大丈夫、見た目はこれ以上なくとびっきり愛らしくしておいてあげたから。やったね!
勿論、名前や身体に関する違和感や忌避感なんかは全て排除しておいたから、そういったことで君が苛まれることがないのは保障するよ。
これで最後なんだけど、どうしても元の世界に急いで帰りたくなった時の為に途中で帰れるようにしておいたよ。帰りたい時は、両手を天に向かって突出して大きな声で「I’m Home!」。そうすればすぐに帰れるよ。
ただし一日の途中で強制帰宅すると、時間が月曜日の朝にスリップするから気を付けてね。これは異世界に一日を超えて滞在する時も同じ、どれだけ長く居ても月曜日の朝に戻ることになるよ。それとは別に本当に小さなペナルティがあるけど。まあ、どんなことでも途中キャンセルと延長には、追加料金とかが発生するでしょ? 小指を物の角にぶつけるとか本当に小さなことだから、何度も繰り返さなければ大丈夫でしょ。
説明は以上!
それじゃあ、素敵な異世界ファンジックライフを『レセスディア』で!
楽しんでねb
神様 より』
……………………………………………………………………………………ふんっ!」
全てを読み終わり、脳が内容を認めると同時にその用紙を引き裂いた。
次に手を頭に持っていき、髪を掻き分けるように探ってみる。すると頭の天辺に長さ20センチほどのツンと尖った三角形の大きな耳らしきものが、ふわふわの毛に覆われてそこにあった。
続いて胸を触ってみると、手にすっぽりと収まる程度だが確かに柔らかな双丘の感触があり、無意識のうちに揉んでいた。
「んっ、ぅん…………………ちゃうねん。だってお約束やん」
自分でも誰に対してしているのか分からない言い訳をしながら、羞恥心を押し殺して両手を尻に回す。感覚を頼りに尻をまさぐると、胸とは違い肉の厚いムチムチむにむにとした感触と尾てい骨の辺りにもふもふとした毛の感触が確認できた。
――見たくない……しかし、見ない訳にも、えぇいままよっ!
頭の中を半ば以上埋める諦観の念を払いのけ、くるり、と振り返った。
ぷりんっ、と丸く膨らんだお尻の上。そこに陽の光を受けてもなお、儚く色を零すような白に覆われた、大きくてふわふわでもふもふの尻尾があった。
――知ってたよ。でも、信じたかったんだ……。
身体から力が抜けていくのに逆らわず、そのまま草むらの中に倒れ込んだ。
――今度あの自称神様に会ったら殴、んのは出来そうにないから文句、も怖くて言えないし、睨むぐらいなら、いや己を知れ……何も出来そうにないんだけど、どうしろと?
とりあえず考えるのを止めて、もふもふに縋った。
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