02 契約の際は内容をよく確認しましょう
「それで、あの。その短期観光は、具体的にどのぐらい日数とスパンで行われるのでしょうか?」
「そうだね、基本的に日帰りだと思ってくれていいよ。スパンは週に一回、日曜の朝からうちの世界に来て、どれだけ長く居ても、それこそ向こうで日をまたいでも、こっちの世界の月曜日の朝に帰ってこれるように設定してあげるよ」
素晴らしい、世の中こんなに旨い話があるものだろうか、旨すぎて吐きそうだ。
いや、月曜日からの逃避行を望む俺にとっては、願ったり叶ったりである。休日に交通費を掛けず、文字通り世界中を旅行出来るというのだから。
しかし、旨い話には裏があるのが世の常である。相手の目的やメリットを聞いていてもなお、あまりに俺に旨みがありすぎる。懐疑的な視線を送りそうになる俺を気にも留めず、自称神様は揚々とよく回る舌を動かし続けた。
「まあ短期の観光とは言ったものの、うちの世界はファンタジックなのが売りだからね。精霊からドラゴンまでいろんな生き物がいるから危険がない訳じゃない、でもそんな世界を冒険するのも、一興だろ? だから君には世界を渡るにあたって特別賞をあげよう。異世界特典ってやつさ。さぁ、望みを言ってごらん。俺Tueeeでも俺無双でも俺さすおにでも、なんでも好きなチートをあげようじゃないかっ!」
両手を広げて満面の笑みを浮かべる見た目小学生の自称神様。
いよいよもって詐欺臭、いやいやいや、俺は何も考えていない。そうともこんな有難いお話にオマエそんな不敬な。
腹の底から湧き上がる喜びを持って甘受、ではなく謹んでお受けしよう。
「で、では。『死なないようにしてください』」
「死なないようにする?」
「は、はい……宜しいでしょうか?」
しかし俺としては冒険も戦闘も無双も御免こうむりたい。何しろ、こちとら地球でも有数の平和ボケもとい安全な国家である日本で生まれ育ったのだ、子供の喧嘩ぐらいならまだしも殺し殺されなんて論外だ。
最近流行りの異世界転生もののラノベでよく自分から殺し合いに飛び込んでいく輩がいるが、あいつらも絶対にサイコパスの類だね。じゃなかったら殺戮快楽嗜好の怪物としか思えない。
そもそも殴るどころか、意見するのさえ胆力がいる。これは俺がヘタレだとかそういうのではなく、誰でもそうに違いない筈だよまさしく。
「それは絶対的な防御力の類かな?」
「いえ。その、肉体的なダメージを受けない。というよりは、ダメージそのものが存在しないというか」
「……ああ、なるほどね。死や攻撃の対象そのものから外してくれってことか」
「は、はいっ。その通りです」
そして何より、この神様が持って来てくれたお話しというのは『観光』なのだ。そう観光と言えば名所めぐり以外ないだろう。
なんと言っても異世界である、ファンタジーである。こちらの世界じゃありえない、雄大で耽美で超自然的な情景が、見渡す限り広がっているような世界。
空に浮く島、深海の都、妖精たちの楽園。
想像しただけで胸が躍るような風景を眺めながら、異世界特有の美味い物を食べる。これ以上のことをファンタジー世界に行ってやるべきじゃない。
「OKOK。ふふふ、なるほどね。何を心配することなく、安全安心に異世界の超絶景を堪能したいと。生活やお金、健康の心配をせずに異世界の料理に舌鼓を打ちたいと。心置きなく心行くまでファンタジーにどっぷりと足の先から頭の上どころか五臓六腑にいたるまで浸りたいと。いいじゃないかっ!」
「あの、はい。概ね合っているんですが、そんな大袈裟には……」
「宜しいとも『絶対安心、何をせずとも大丈夫』を最重要事項(モットー)に、君がうちの世界で何に気兼ねすることもなく過ごせるよう万全を期そうじゃないかっ! 君はただ、美しい絶景に見たこともない料理に心奪われてくれていれば、それでいい。なに、僕は神様だ。――安心してくれて良いよ」
――俺、知ってる。これ、安心できないやつだわ。
盛大にボルテージを上げて一人で昂っていく神様を見ながら、話を聞いてくれない上司と対面している気分になった。やる気ばかり大きくなって、わざわざ仕事を作ってきてくださるような真面目なお方ってのは、本当に手に負えない。
――そのまま昂っていって、天にお帰りになってくれないもんかな。
「はい。じゃあ、親指だして」
「……へっ?」
――ポンッ!
いつのまにか神様が手にしていた書類に、現実逃避していた俺の右手親指が乗っていた。
「いや、ちょっ! 待ってください! まだ契約内容の確認もしてな、ってなんぞこれぇ!」
慌てて神様から契約書を取り上げて中身を確認しようとしたところで、体が浮き上がり、いつの間にか頭上に開いていた真っ白な穴に吸い込まれていった。
「よしっ、これで契約完了だね。それじゃあ異世界日帰り観光、行ってみようか!
――ようこそっ! 『レセスディア』へ!」
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