第3話
理解が及んでいないのは自覚していたが、私は動き始めてしまった。これでも商人や貴族の一部からは信用を得ているのだ。何かやってみたいが上手く動き出せない商人たちと、きらびやかに飾り立てていても困窮している貴族たちを集めた。資金と計画をまとめ、貴族の力で文句を言わせないように取り計らってもらう。これにより、どうにか『会社らしきもの』を作りあげることが出来た。我が国は海に面しているため、船を使っての輸送を主たる生業にしている。
会社の名前は『ビターシュガー』。
特に意味は無い。想うところは……
良薬は口に苦し。少し後には甘く優しい効果あり。
そんなもの。
『闇の眷属』勢力との争いで、国全体が疲労の色を隠せなかったが、それ故に失敗しても何もしないよりマシだと思う者達が多かった。そんな力が丁度いい放出先を見つけて事業はいい動きをしている。私達にとっては未知の領域であるため、何が良くて悪いのかがわからない。ただ、私についてきてくれる者達の顔が時々明るいのは、とても嬉しい。
「コロンブスの卵……」
今日も赤い家でタンブリンマンと話していると、唐突に彼がそう述べた。
「何なのそれ?」
「これは、まあ……説明が難しいが、とにかくお前のやったことは正しいってことを言いたかったんだよ。そして、この後にはお前の事を貶めようとする連中がたくさん出てくるんじゃないかと思ったんだ。その辺が少し心配になってしまって―――」
などと言っていた。何の心配も要らないと胸を張ったが、実際のところ、彼の言う通りになってしまった。私が用いた手段に不正があるとか、資金の集め方が騎士道に反するとか、警備のための兵を使って反乱を企んでいるとか、そんなことばかりが私の前に現れた。騎士の任務も疎かに出来ないので、私は疲れ果ててしまった。
「つまり、これが狙いだったんですね。その人の言った通り」
「ええ、そうみたいね……ようやくわかった。」
私が話しているのは、ディナ・キュイム。私の副官であり秘書である。仕事の煩雑さが増してしまい、タンブリンマンに相談したところ、信頼のおける部下を持つことを勧められた。私が頑張るのは偉いが、それだと組織全体に私の力が行きわたらない。兼業でどうにかやっていくつもりなら、部下を持ち、その者に自分が信頼される仕事をし、それに対する見返りを部下に求めろ、と言う話だった。よくわからなかったが、なんだか聞いていて心地よかったので自身の環境に合わせて、それを時々思い出してみたのだ。そして、こんな関係になった。
「やっぱりすごい。その人は別の世界でどんな立場に居たんですかね? 結構大変な目にあったんじゃないかなぁ」
「そうかもね」
ディナは優秀な女だった。私がこれまで学んで来たことを瞬く間に吸収し、最早私の理解が及ばない所にまで手を伸ばしている。彼女が言うには『経営は私が引き受けます』とのことだ。私は騎士の任務をしっかりこなし、残りの時間で会社を少し見てもらえばいいそうだ。
彼女は由緒ある家柄の出なのだが、ちょっとした事情により家出をしていた。路上に座り込んでいたのだが、そこへうなだれた私が通りかかった。彼女は、私の姿があまりにも惨めなもので、つい手を差し伸べてしまったそうだ。そして今もまだ助けてもらっているわけだ。
ディナは私が持ち帰るタンブリンマンの情報を貪欲に得ていった。彼女が見出したところ、わが国には明確な『私法』が規定されていないとのことだ。基本的に王族や貴族の言うことは聞かねばならないというようなものだ。その点は、私もやや不満に思っていたし、疑問でもあった。もっとも、私も貴族の末端であるのだが。
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